旅で生まれた縁が、次の旅を呼んでくれる。田岡なつみが“旅で学んだこと”

「サーフィンはスポーツであり、ライフスタイル」。16歳のプロデビュー以来、波乗りを生活の一部にしている田岡なつみさん。日本、アジア、そして世界に活動の場を広げ、輝かしい成績を収める彼女が“旅から学んだこと”とは。過去に旅したパプアニューギニアとカリフォルニアの思い出をそれぞれ振り返ってもらった。


サーフクイーンに聞く「一番、心に残った旅は?」

目を閉じ、記憶をたどり、旅した国を指で数える。彼女の人生は、旅と共にあった。

「タイ、インドネシア、マレーシア、スリランカ、韓国、スペイン、アメリカ、ポルトガル、イギリス、オーストラリア、それと……ごめんなさい、両手の指じゃ足りないかも」

そう言って屈託なく笑うのはプロサーファーの田岡なつみさん。そのチャーミングな人柄とは裏腹に、彼女のサーフィンスタイルはアグレッシブ。身長152㎝と小柄ながら、3m近くあるサーフボードを軽々と操り、まるでダンスをするように、ダイナミックに波を乗りこなす。一昨年の国内ツアーでは全戦全勝。その強さは海外に渡っても健在で、昨年の世界大会ではついにベスト8入りを果たした。

彼女の勝負強さはどこからくるのだろう? いつも疑問に感じていたが、旅の話を聞いて納得した。答えは簡単。彼女はいろんな海で、いろんな波に乗っている。単純に、旅とサーフィンが大好きなロガーなのだ。「負けん気は人より強いかもしれません」となつみさん。「ホームポイントでも旅先でも、いい波のときは誰よりも早く海へ入るし、誰よりも遅く上がります。『世界チャンピオンを獲る』という目標はありますが、それ以前にサーフィンが好きすぎるのかも」

なつみさんにとってコンテストと旅はセット。そんな彼女を作り上げてきた旅とは、どんなものなのか。印象的だった国を聞くと「2017年のパプアニューギニアかなぁ……」と目を細めた。

「知らない土地ですし、世界大会のために行ったのでストイックな旅になることは覚悟していましたが、それ以上に“過酷”って言葉がぴったりでした。会場前のホテルに到着してから気づいたことがあって、まず部屋がないんですよ。寝る場所が庭のテントだったんです(笑)。さすがに戸惑いましたが、他の海外選手も同じような顔をしていたので仕方なくそこで横になって。ところが朝になってみたら、大雨のせいで服やマットレスが全部びしょ濡れになっていたんです。その後も疲労で倒れたり、食中毒になって点滴を打ったり、大変なことばかりでしたね。『ここは野戦病院みたいだ』って誰かがつぶやいてたけど、上手いこと言うなーって」

聞くだけで血の気が引くことを、あっけらかんと話すなつみさん。そんな環境下でランキング9位に上り詰めたというのだから、さすがはアスリートとというか、勝負師というか……。いずれにしても、過酷な旅の経験が芯となって彼女のサーフィンを支えているのは間違いない。ちなみに散々な旅の中でも、ポジティブなことはたくさんあったのだとか。

「一致団結したおかげで、他の国の選手と仲良くなれました。とくにライバルであるブラジル出身のクロエ・カルモンとはいい関係を築けて、今でも連絡を取り合う仲です。それに、ホテル前は綺麗なプライベートビーチで最高だったんですよ。誰もいない海で頭サイズのパーフェクトウェーブがずっとブレイクしていて。波のコンディションと景色だけは文句なしでした」

カリフォルニアで出会ったワイン農家の暮らし

競技者としてサーフィンに打ち込むばかりが人生ではない。忙しい毎日を送る彼女に、そんな心境の変化をくれたのもまた旅だった。一昨年、コンテスト出場のためカリフォルニアの地に降り立ったなつみさんは、郊外の小さな街にあるぶどう農園を訪ねることになった。

「そこに農園の経営者である森本誠ニさんファミリーが住んでいて、お家に何泊かさせてもらったんです。誠二さんはとても気さくでホスピタリティのある人で。話を聞いて目を輝かせている私をみて、『せっかくだから入る?』と畑を見学させてくれたんです」

森本さんの農園「Magical Grapes」で育つぶどうは、カリフォルニアでは珍しい日本品種ばかり。顧客からの評判も上々で、現地で密かなブームを呼んでいるんだとか。その様子を目の当たりにし、なつみさんは衝撃を受けた。

「小さい頃から植物を育てることが大好きな私にとって、ここはまさに理想郷だったんです。誠二さんには畑から収穫されたぶどうを食べさせてもらったり、作業のお手伝いをさせてもらったり、普通のサーフトリップや観光にはない貴重な経験をさせてもらえました」。農園でのひとときは、彼女が自分の人生を見つめ直すきっかけになった。それと同時に、将来に抱いていた漠然とした不安を和らげてくれた。

「日本にいるときは『アスリートも就職』という考え方があたりまえで、私もそうしてきました。でも実際、“いつか引退したらどうする? 本当にやりたいことができる?”という不安もどこかにあって。だから誠二さんファミリーの『海外でファーマーとして生活する』というライフスタイルを知れたことが、旅の一番の収穫だったなって」

人との出会いが生み出す学び。それはTVやスマートフォンを覗いていては決して手に入らない、かけがえのないものだ。

「旅のよさって、自分が今まで見てこなかった景色と簡単に出逢えるところだと思うんです」と語るなつみさん。それはロケーションの話にとどまらず、“人生の指針”にも影響する何かだ。

「旅で出会った人たちの旅の話を聞くのが好きです。いい波でサーフィンしたとか、いい経験をしたとかいう話を聞くとそこを次の目的地にしてしまうことも。そんな発見をいっぱいしてきたから、旅での出会いが大好きなんです。旅で生まれた縁が次の旅を呼んでくれるのかな。私はこれからもそういうご縁を大事にしていきます。パプアニューギニアみたいな旅は、しばらくお預けでもいいと思うけど!(笑)」

PROFILE

田岡なつみ
1994年生まれ、千葉県在住。2011年にプロデビュー後、国内外ツアーを転戦。2021年国内ツアーでグランドスラム達成、2022年に世界ランキング11位。株式会社ピカいちに入社しサーフアスリートとしてデュアルキャリアを実現させている。
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(Ryoma Sato)

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