クラゲに刺されると痛いし痒い。前編の記事では、クラゲの毒によって、アレルギーの恐れがあると書いた。では、クラゲに刺され続けたために、納豆を食べられなくなると想像したことがあるだろうか。
原因はクラゲの毒ではない。私たちの暮らしに身近で、食べても無害なポリガンマグルタミン酸(PGA)という物質だ。
偶然にも、この物質はクラゲの触手に存在し、同時に納豆のねばねばの主成分でもある。そのため、繰り返しクラゲに刺されると、PGAの過剰摂取となり、納豆アレルギーを発症。大豆アレルギーではない。原因はあくまで、クラゲと納豆のねばねば物質だ。
患者にとって、クラゲと納豆を結び付けることは難しく、多くがアレルギーに気づかないまま納豆を食べて重症化し救急搬送されたという。
クラゲと納豆の相関関係を導き出し、世界で初めて論文としてまとめた昭和医科大皮膚科学講座教授である猪又直子医師に詳しく話を聞いた。

患者の70%がサーファー
「皆さん、共通して比較的若くてアレルギーとあまり縁のなさそうな健康的かつ日焼けした肌のたくましい男性ばかりだったってことに、何かヒントがあるんじゃないかって閃いたんです」
猪又医師は当時、横浜市立大に勤務していた。湘南エリアの住民の受診や症例報告が多かったことが、原因不明のアレルギーと海でのアクティビティを関連付けるきっかけとなった。
2016年に発表した論文「クラゲと納豆アレルギー」(「臨床皮膚科」70巻5号)によると、患者17人のうち12人(70%)がサーファーだった。ダイバーや潜水士を合わせると、82.4%がマリンスポーツ経験者。海のレジャーの中でもサーファーが多い理由は「サーフィンは波待ちをしますよね。ウェットスーツを着ないで肌を露出して浸かっている時間が非常に長いですから」と説明。海中でじっとしているうちに、クラゲに刺される頻度が高まるというわけだ。
遅発性で発症まで半日

「ほとんどの患者は重症化し救急搬送されて来ました。体中が痒くなり、息が苦しくなったり、お腹が痛くなったり、そのうち血圧が下がってしまい、アナフィラキシーショックで命の危機を感じていた。そうなる前にも、何らかの症状があり、原因を知りたいと思っていたけど、なかなか分からなかったんです」
患者本人たちが重症化するまで納豆アレルギーだと気付かなかったのは、このアレルギー特有の遅発性が要因だった。一般的に食物アレルギーは摂取後2時間以内に症状が現れるが、納豆アレルギーは遅い。半日程度(5~14時間後)経って初めて症状が出現する。
「納豆を夕飯に食べると早朝とか寝ている間に、朝食べると夕方とか夜間にアレルギー反応が起こったりで、その間に何かを食べたり寝ていたりすると、納豆にたどり着くことがなかなか難しいんです」
この遅発性もPGAが引き起こしている。
「PGAは大きな分子でできている。食物アレルギーの原因物質は、普通はもっと小さい分子なんですね。やはり大きい分子ってなかなか粘膜から吸収されない。ある程度壊れ、消化されて小さくなってから吸収され、ようやくアレルギーを起こす。ですから、食べたばかりでは起こらず、少し時間がかかると考えています」
クラゲの針の火薬

そもそも、PGA とはアミノ酸の一種であるグルタミン酸が大量に結合してできた天然の高分子。水分を強力に抱え込む性質があり、その保水力はヒアルロン酸の10倍以上になることも。自然界にもあるし、納豆菌を使って人工的に作ることもできる。納豆菌は大豆のタンパク質を分解、発酵させる過程で、PGAを大量に作り出す。PGAがないと納豆はねばねばしないのだ。
他方、クラゲのPGAは0.01mmの刺胞(針)カプセル内部に満たされており、触手が標的に触れた瞬間、PGAが浸透圧の作用で水を吸って膨張。カプセルの内壁を押し広げ、限界に達した時、音速を超えるスピードで針が撃ち込まれるという。言わば、クラゲの針を発射する火薬のような役割を果たしている。
冷やし中華や化粧水、ドレッシングも禁忌
そして、このPGAが含まれるのは納豆だけではない。猪又医師は、納豆アレルギーの患者が冷やし中華のタレでアナフィラキシーを起こした症例も診た。PGAは安全で水に溶けやすく保水力もあることから、料理にとろみをつけたり、肌の潤いを保つ成分や薬のカプセル、冷凍食品が水っぽくなることを防ぐ材料としても使われる。明太子やカニカマ、ドレッシング、スポーツ飲料、化粧品、健康補助食品などにも含まれていることがある。
猪又医師が知る限り、納豆アレルギーで亡くなった人はいないが、命を奪う危険がある怖い疾患ということは紛れもない事実。「アナフィラキシーで血圧が下がるということは、体に血が巡らない、循環しないってことですので、頭の中に血が回らなければ意識がなくなってしまうし、体にいかなければ力が入らず動けなくなる。そのまま心臓にいかなければ心臓が止まり死に至るということです」
納豆アレルギー、つまりPGAアレルギーになってしまったら、納豆だけでなく、PGA入りの製品の摂取は厳禁。常にパッケージの裏にある成分表示に「ポリグルタミン酸」「γ-PGA」「納豆菌ガム」などの表示がないか確認しなければならない。

ちなみに、オクラやモロヘイヤ、山芋やメカブなど、ねばねばした農産物、海産物については「自然のねばねば物質にはPGAは含まれていないので、避ける必要はないですね」とのことだ。
原因は納豆ではなくクラゲ
では、どれぐらいクラゲに刺されたり、納豆を食べるとアレルギーになってしまうのだろうか。
猪又医師が調べたところ、納豆をたくさん食べることとアレルギーの因果関係はなかったという。サーフィンをしない納豆好きの方はひとまず安堵してほしい。そして、年に1回海水浴に行くぐらいの人は、このアレルギーになっていないという。つまり、クラゲに繰り返し繰り返し刺されることが納豆アレルギーを誘発しているようだ。

「湘南の方たちのサーフィンの状況を聞くと、毎週1、2回とか、すごい方だとほぼ毎朝行って、土日は半日やっているというようなリズムで、それが1年中なんですよね。レベルが違うんです。だから何回とか何匹刺されたとか分からない。カツオノエボシにドスンと刺されなくても、普段からチクチクチクチクと小さいクラゲに繰り返し繰り返し刺されるという感じです。そのうち、PGAアレルギーがひどくなり、納豆などを食べた時に重症化する。また、いつもは納豆1パックだけど、2パック食べた時に症状が重くなったとか、体調が悪い中でいつも通り食べたら症状が重かったということもあります」
前編でも書いた通り、トゲが弱い、短い、痛くないというクラゲの場合、刺されても気づかないことは万々ある。それぞれのサーファーは、自分の想像以上に何度も刺されていると認識していいかもしれない。
動物による食物アレルギーは稀
これまで、食物アレルギーの原因と言えば、食物そのものや皮膚感作でも石鹸など「静物」だった。クラゲという「動物」が原因となるのは珍しく、マダニによる牛肉、豚肉アレルギーの発見以来。これも、たまにハイキングに行く程度ではなく、猟師や林業、茶摘みの従事者など、山や茶畑でマダニに繰り返し刺される人が発症するという。

自分も頻繁に海に入る、納豆アレルギーが心配だ! そんな人に対しては「原因がよく分からないのに蕁麻疹が出たとか、思い当たるものがない人は一度原因をはっきりさせる意味で受診していただくのがいい」と呼び掛ける。重症化する前に分かれば、救急搬送されるなど、深刻な事態に陥らないで済む。
納豆アレルギーになった人に対し、猪又医師は納豆やPGAを含む製品の摂取を禁じた上で、アナフィラキシーが起きた際に太ももなどに刺して、症状の進行を一時的に和らげるアドレナリン自己注射薬エピペンを処方しているという。
なる・ならないの差は未解明
最後に、サーファーにとって最も重要かつ最大の疑問は、頻繁に海に入っている全員が納豆アレルギーになるわけではない、ということだ。

猪又医師は言う。「ジュニア選手であるお子さんやすごく有名なレジェンドサーファーの患者さんもいましたし、海外で活動していた人が帰国後に納豆を食べて発症したこともありました。でも、毎日海に入るプロでならない人もいる。アレルギーになるかならないか、その差に何があるのかは今の研究ではわかっていません。今後の課題かなと。分かったら皆さんも安心ですよね」
将来の研究成果に大いに期待したい。
(沢田千秋)





















