サーファーを危険にさらす海洋生物

チンクイとクラゲに刺されやすい人はいるのか!?命も奪う海の生物【前編】

夏のサーフィンは眩しい太陽、温かい水温で最高に気持ちがよかった。ウェットスーツも軽装で、地域によっては水着でもへっちゃら。気分が上がる夏の海だが、多くのサーファーを悩ますもの、それは海の生物だ。

代表格はチンクイ(ゾエア)とクラゲ。筆者もほぼ毎年、やられている。頻繁に刺されるし、猛烈にかゆくなる。同じ海に入っていても、自分だけひどい目に遭ったこともある。きっと刺されやすい体質なのだと思ってきた。

しかし、専門家曰く、チンクイとクラゲに関して、“刺されやすい人”は存在しないという。運が悪いだけだったなんて、到底受け入れがたいが、とにかく、専門家に詳しく話を聞いてきた。

大潮の夜、大発生するチンクイ

取材に応じてくれたのは海洋生物に詳しい島根大生物資源科学部生物資源教育研究センター(隠岐)の吉田真明教授と、海洋生物による疾患に詳しい島根県立中央病院・島根大学医学部附属病院総合診療医センターの小田川誠治医師。

サーフィンしている最中、手足や顔がチクチクし、上がってしばらくすると、赤い発疹ができた経験はないだろうか。あれは、ほぼチンクイの仕業だ。

チンクイとはエビやカニの幼生(子供)で、大きさは1~3mmほど。半透明のためほぼ見えない。海水パンツから入り込み男性の局部(チン)を刺す(食う)ため、チンクイの通称がついたが、幼生は総称してゾエアと言われる。

頭部のトゲがないアカテガニのチンクイ(吉田教授提供)

意外なことに、チンクイは山にいるカニの子供が多いという。吉田教授は「夏になると、アカテガニとかベンケイガニが山から下りてきて、海に子供を大量に放出、撒き散らす。ほかにも、海と陸の様々な種類のカニやエビのチンクイがいる」と話す。アカテガニが山から下りてくるのは、新月や満月の大潮の夜。腹に卵を抱えたメスが海辺へ来て、卵から孵化したばかりの幼生を数千~数万匹も放つという。

漂って浮いているだけ

小さなチンクイに自分で泳ぐ能力はない。「プランクトンなので、何千、何万匹が水塊、かたまりとしてぽわーっと漂って、すーっと浮いている感じ。基本的に海の中を漂っているだけ。そこに、たまたま人間の皮膚が当たると、チンクイの背中や額のトゲが刺さり、かゆくなる」(吉田教授)という。

つまり、チンクイは自ら進んで動いていないし、刺す意図もない。たまたま、海中で人間の皮膚にチンクイのトゲが当たっているだけなので、刺されやすい体質やら体温やら性別やら、もろもろの考察は無意味だったのだ。

だが、そのトゲは小さくても鋭い。トゲの材質はキチンというカニやエビなど甲殻類の殻の主成分。「カニの殻を剥いた時のパリっていうあの部分」(吉田教授)。刺されれば痛みを感じることもあるし、長い種類で言うと、カニダマシの幼生は数センチもある長いトゲを持っているので、3mmのウェットスーツも貫通することがあるという。

ただのケガでアレルギー報告もなし

アカテガニの仲間の幼生(吉田教授提供)

刺されるかどうかは人間側の運次第だとして、刺された後の症状に違いはないのか。

小田川医師は「チンクイに関しては、ほぼ針で刺されるという物理的な刺激。クラゲのような毒は入っていないので、クラゲに刺された時のように抗体免疫が作られアレルギーとなり、2回目以降に強く症状が出るといったことは報告されていない。チンクイは、針で刺されたケガということ。ケガであれば、同じケガをしたら2回目ひどくなるということはないので」と説明してくれた。

吉田教授も「チンクイのトゲはただの殻。毒性は全然ない透明なすごく細く硬い針。注射針よりも細い、ガラス繊維のグラスウールのようなもの」と補足する。

筆者が2017年2月に沖縄・宮古島の海でやられた被害。小田川医師によると「特に左足の皮疹の分布がまばらで、それぞれの皮疹も同心円状なので、チンクイだと思います」とのこと

読者の中には、「エビやカニのアレルギーだってあるじゃないか」と思う方もいるだろう。吉田教授によると、エビやカニの食物アレルギーの主な原因は、その筋肉に含まれるタンパク質と言われており、チンクイが持つトゲ=殻が人間の皮膚を刺したとしても、チンクイの体内の成分が注入されるわけではないという。

チンクイに刺されやすい体質もチンクイのアレルギーも、今のところ確認されていない。ただ、刺された後、子供など皮膚が弱い人は赤くなりやすい、痒くなりやすいとか、搔いてしまった跡が残りやすい人とか、チンクイとの関連ではなく、その人の体質として、刺された跡の症状に差が出る可能性はあるということだ。

ちなみに、筆者が真冬の宮古島でひどいチンクイ被害に遭った時は、一緒に海に入った人たちはなんの症状もなかった。帰京してからも、猛烈な痒さに悩まされ、夜寝る前にはやけどぎりぎりの熱湯をかけて痒みを沈め(おすすめしない)、ガムテープを巻き、温まると痒くなるので暖房をつけられず、上半身はダウンジャケットを着て、足は布団から出して、ようやく睡眠をとっていた。チンクイだからと言って侮ってはいけない。

細胞を障害するクラゲの猛毒

チンクイはだいたい8月のお盆までに現れ、お盆を過ぎてくるとクラゲが出現し始める。種類によって出没時期はまちまちだが、近年の温暖化による海水温上昇の影響を受け、時期が早まっていることも考えられるという。

チンクイとは異なり、クラゲには正真正銘、毒がある。

激痛で有名かつサーファーに身近なクラゲと言えばカツオノエボシ。触手が2、3mあり、元気な個体は人間の腕などにぐるぐると巻き付く。その長い触手には、無数の刺胞つまり針を備えている。「クラゲの針は1個が0.01mmぐらい。そのサイズの毒発射機、注射器が大量に並んでいる状態。あの青い風船の部分も触ると毒があるので、全身ダメです」(吉田教授)。しかも、カツオノエボシは人に効きやすい毒を持っているという説がある。

小田川医師は「細胞を強く障害すると聞いたことがある。毒の研究もまだ過渡期で、クラゲの毒の成分もまだわかっていないことがいっぱいという段階。基本的にはタンパク性の毒ですが、複数持っていることが多いので人に効きやすい個体がいたりする。そして、触手が長ければ長いほど、一度に入ってくる毒の量も多くなるので、アレルギー反応などが劇症型になりやすい」と解説。

全身症状や吐き気はアナフィラキシー疑い

身近な上、刺されると痛いアンドンクラゲ(吉田教授提供)

チンクイと同様、クラゲも漂っているだけなので、海の中で刺されやすい体質というのは存在しない。だが、クラゲは防御や捕食のために針に毒を仕込んでおり、それがアレルギーを誘発する。チンクイとの一番の違いだ。そのため、その時の体調やこれまで何回刺されたかが、予後を左右する。

小田川医師は「刺された部位以外が、赤くなったり、痒くなったりすると、全身症状としてのアレルギー反応。喉がイガイガしてなんか気持ち悪いとか吐き気がするとかの症状が出ると、アナフィラキシー一歩手前の恐れがある。アナフィラキシーはアレルギー反応の重症型で命に関わる。クラゲの毒が心筋の細胞を障害して血圧が保てなくなったり、溶血も起こり得る」と注意を促す。

カツオノエボシ以外に危険なクラゲとして、吉田教授は、日本近海に多いアンドンクラゲや、これまで何人も亡くなっているハブクラゲなどのハコクラゲの仲間を挙げる。大型のエチゼンクラゲは漁師が被害に遭うことも多い。

刺されると痛いクラゲ(吉田教授提供)

刺されても気づかないクラゲ

何回ぐらい刺されると、アレルギー反応が出るようになるのか。「個人差ですね。一回でダメな人もいると思うし、繰り返し刺されることで、症状がひどくなることもあり得る。ハチや食物アレルギーと同じ機序で考えてもらえれば」(小田川医師)

クラゲを警戒して海に入ってる時、パドルをする手にしょっちゅうクラゲのような感触があるのに、痛くない時がある。あれは大丈夫なのか。吉田教授は「例えば、大量のミズクラゲの中に赤クラゲがぽちぽち混じってて、大丈夫だと思って泳いでいたら、刺されてしまうこともある。タコクラゲは毒が弱く、カブトクラゲなどのクシクラゲの仲間は刺胞を持たず、代わりに膠胞(粘着性のある触手)を持っていて刺さない。刺してるけど、刺胞が短かったり弱かったりで、人の皮膚を貫けないクラゲもいる。その場合、皮膚が弱い人や子供だけ反応が出る場合もある」と説明する。

刺されているのに感じない場合があるなら、これまで何回刺されたのかは、もはや本人ですら分からないというのが現実だろう。

クラゲ被害を知らない医師も

対処法として、吉田教授は「繰り返し刺される可能性がある人は厚い生地のウェットスーツを使うとか、夏場でも手首足首までガードするインナーを着るなど物理的に防ぐことが有効」とアドバイス。刺された場合は、その部位を水で流し、心配な場合は受診し、専門家の意見を仰ぐことが肝要だ。

ただ、チンクイやクラゲの被害について、まだ医学界では広く共有されているとは言い難い状況だという。小田川医師は「クラゲに刺されて酢をかけたら逆に悪化したという患者が来たこともあった。酢が効くかどうかはクラゲの個体にもよるとされ、一般的な対処療法ではないが、AIで検索すれば出てきてしまう」と話す。

小田川医師の甥のクラゲ被害(小田川医師提供)

小田川医師は「医学書にはチンクイについての記述はほぼなく、クラゲについてはアップデートされた記載がほぼない」とした上で、「クラゲによる皮疹を見たことがない若い医師もいて、自信を持ってクラゲの皮疹と診断できないこともある。マリンスポーツをされてる方には普通のことだと思うんですけど、結構医者は知らなくて。まだ分かっていないことは多い。最近はクラゲと納豆のアレルギーとかの報告もちらほら出始めてはいるんですけど」と教えてくれた。

なぜ、クラゲに刺されると納豆アレルギーになるのか。これは毒とはまた別の物質が関わっていた。その謎を解き明かすべく、後編ではクラゲと納豆アレルギーについて、世界で初めて論文を発表した医師に話を聞く。

(沢田千秋)

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