毎週日曜日更新の五十嵐カノアのYouTubeシリーズ「EYE OF THE STORM」の新エピソードはカリフォルニア帰宅編。
楽園ニュージーランドでの葛藤の後、次の戦いの舞台であるエルサルバドルを前にカリフォルニアの自宅へ期待したカノア。
マッドブラックに塗装され、タイヤとホイールも変えた愛車のレクサスLXでハンティントンビーチへ。
軽いフリーサーフィンも時差ぼけの影響か、調子はイマイチだった様子。
ジム、友人と食事をしながらの近況報告の後、専属の理学療法士の元へ。
片方だけ出た第一肋骨を戻すなど、本格的な身体の調整を行なった。
弟キアヌは寿司職人を目指していた!?

Image: Kanoa Igarashi(YouTube)
家に戻ると弟キアヌと父の勉氏が夕飯の用意をしていた。
キアヌは寿司職人を目指すほどの腕前で、サーモン、マグロ、ブリ、ホタテなどを準備する。
包丁で蝶を作り、自慢げにカノアに披露していた。

Image: Kanoa Igarashi(YouTube)
自宅にいる時のルーティン

今回の動画の趣旨はただの帰宅後の過ごし方ではなく、「イベントの合間に自宅にいる時のルーティン」の一連を紹介すること。
シーズン中の帰宅は次の旅行のための準備のようなもので、大会にも繋がる重要な意味を持っている。

自分にとって友達と近況を語り合ったり、ノースサイドの駐車場に行ってサーフィンをしたりといった単純なことがとても重要なんだ。それはある種の「地に足をつける」方法のようなもの。
遠征中は常に張り詰めていて、ペースも非常に速く、何もかもが大会やパフォーマンスのことばかりになる。だから、帰宅して、日常的なことをこなしたり、馴染みの顔や家族、育った頃からの友人に会う数日間を過ごすことは助けになる。
リセットとまでは言いたくない。リセットという言葉は適切ではないからね。むしろ、自分を地に足をつけるという感覚に近い。
「ああ、自分はまだ普通なんだ」と思える。
前回の大会で勝とうが、1回戦で負けようが、「へえ、自分はまだ人間だし、まだカノアなんだ」と実感できる。何もかもが、まだ普通なんだとね。自分の世界が正常に感じられる。
おかげで、1年を通じて望んでいる適切なペースに自分を合わせることができる。それは、普通の人間としての感覚なんだ。
何と言うか、ただ普通でいることや、普通のサーフィンに出かけて、ひどい波でサーフィンをすることがね。
なぜなら、それこそが私が育った環境だから実に心地良いんだ。
家に帰ってきて、繋がりを取り戻し、近況を語り合うのはいつだって素晴らしいことだよ。
カメラマン:ハンティントンはサーフィンのやり方や、コミュニティとの関わり方、そして、サーフィンをどう見ているかという点に、どのように影響を与えたと言える?
ハンティントンは凄い。ハンティントンは、今日の自分というサーファーを形成したんだ。
可能な限り最高の方法でね。思うに、より爆発的なサーファーになる手助けをしてくれた。なぜなら、私は波のパワーの中で育ったわけではないからだ。だから、常に自分でスピードを生み出さなければならなかった。
最初の数回の遠征に行った時のことを覚えているけど、波がスピードを与えてくれると信じるのは、いつだって最高にクレイジーな感覚だった。
そのプロセスを理解するのにとても時間がかかった。
だから、パンプしなくてもいいような波でサーフィンをしている人たちが観ていたら、それはサーフィンにおいて最大の贅沢だと言っておく。
誓ってもいい。
それに、コミュニティ、周囲に本物のサーフコミュニティがあることだ。学校の校長先生がサーフィンをする私を非常に応援してくれたこと、先生たちが学校での活動をいつも支えてくれたこと、朝の授業の前にサーフィンのクラスがあったこと、サーフィンを愛する友人たちが周囲にいたこと。
そういった小さなことが、今のプロサーファーとしての自分に向かう道筋を整え、準備させてくれた。
とても素晴らしいことだよ。
コミュニティが、どのような人間になるかを形成するということを、私は本当に信じている。
ハンティントンは間違いなく、今の私という人間を形成した。
そして、それを常に持っていることはとても素晴らしい。
遠征中にハンティントン・ビーチを代表していると感じる。なぜなら、特にチョープーやパイプラインのような大きな波でサーフィンをする時は面白いからさ。
大きな波の日に良いバレルに入ると、「ハンティントンで育って、こんな波でサーフィンをするなんて思ってもみなかったな」といつも思い返す。
他のどこかで育ちたいとは思わない。ちなみに、あれが自分が通った高校。ハンティントン・ビーチ高校。私が育った場所。
フットボールの試合もね。えーと、それはとても素晴らしいこと。フットボールの試合を観ていたことを覚えている。当時の私は、彼らが最大級のスターのように感じていた。彼らがこの街のスーパースターであるかのようにね。
つまり、かなりイケてたんだ。
彼らは学校を代表していた。いつだって最高だった。
私が成長していた頃は、あのフィールドはとても広く感じられたけれど、今見てみると、なんだか少し小さく感じるね。
そうやって変わっていくのは、とても面白いことさ。
カノアはこの会話の数時間後にはエルサルバドル行きの飛行機に乗り、15時間後にはハンティントンビーチで乗っていたボードよりも長いボードでプンタ・ロカの波に乗っているだろうと話す。
カノアの長い旅はまだ続く。
来週の更新を楽しみにしておこう。
(染谷たかし)























