カリッサ・ムーアが、出産・育児を経て、母親として初のCT優勝を果たしたニュージーランド戦。母親アスリートが競技キャリアを継続していくことは、決して簡単ではない。特に現役CTサーファーにとって、妊娠によるツアー離脱は大きなリスクを伴い、その後再びCTの舞台へ戻るまでの道のりも険しい。
そこで注目したいのが、WSL(ワールドサーフィンリーグ)が2027年シーズンより新たに導入する制度「マタニティ・ワイルドカード」だ。妊娠・出産を理由にCTを離れた女性サーファーに対し、復帰時の特別出場枠を設ける制度である。
マタニティ・ワイルドカードとは
来季より適用が始まる「マタニティ・ワイルドカード」とは、妊娠・出産を理由にツアーを離れる女性サーファーのために導入された新制度。出産後にCT(チャンピオンシップツアー)へ復帰できる“保護された復帰枠”が与えられる。
以前まで、妊娠・出産は「個人の問題」として扱われており、出産後の復帰を保証するキャリア保護制度は存在していなかった。
妊娠・出産は、女性アスリートにとって大きな身体的負担となる。産後に元のコンディションへ戻るまでには長い時間が必要となり、さらに長期離脱によるランキング低下やスポンサー契約終了など、競技キャリアを失うリスクも伴う。
そのため、子どもを持つことを選んだ女性サーファーは、一度CTの出場資格を失い、復帰を目指す場合は、チャレンジャーシリーズ(CS)から再び過酷な再予選を戦わなければならなかった。
今回の新制度導入は、女性サーファーが「母親になること」をキャリアの終わりにすることなく、再びCTの舞台へ復帰できる環境を整えていく上で、非常に重要な一歩となる。

初代はジョアン・ディフェイ
出産・育児のためツアーを離れていた ジョアン・ディフェイ が、初代「マタニティ・ワイルドカード」の対象選手として2027年シーズンにCT復帰を果たす予定だ。ジョアンはCT通算6勝を誇り、2022年には自己最高位となるCTランキング3位でシーズンを終えるなど、長年にわたり安定した実力を発揮してきた。
その後、ジョアンは2025年3月にツアーを休止し、同年8月に第一子を出産。出産・育児を経て、再びCTの舞台へ戻ることとなる。
また、タティアナ・ウェストン・ウェブ も同時期に産休入りした選手の一人だ。パリ五輪銀メダリストであり、チョープーでは女性史上初となるパーフェクト10を記録し、歴史に名を刻んだ存在でもある。
タティアナは2025年3月に妊娠を理由にツアーを休止。妊娠中も大きなお腹でサーフィンを続ける様子をSNSに投稿し、多くの反響を集めた。そして2026年2月に第一子を無事出産。彼女にはシーズン・ワイルドカードが与えられており、来季のCT復帰が予定されている。


マタニティ・ワイルドカード規定内容
なお、公式のWSLルールブック2026によると、マタニティ・ワイルドカードに関する規定は以下の通りである。2027年シーズンより1枠が割り当てられるが、該当者がいない場合は、CTランキング7位の選手に与えられる規定となっている。
以下、公式ルールブックより抜粋
(B)
2027年CTシーズンより、妊娠を理由にCT参戦を休止した女性アスリートのために、追加の女子ワイルドカード1枠「マタニティ・ワイルドカード」が確保される。申請は、復帰を希望するCTシーズン前年の11月1日までに行う必要があり、選手はマタニティ休暇開始から24ヶ月以内に開幕するCTシーズンまでに復帰しなければならない。
WSLは申請内容を審査した上でワイルドカードを付与し、すでに枠が埋まっている場合は翌シーズンの対象として検討される。
各シーズンにおいて複数の申請者が存在する場合、マタニティ・ワイルドカードは以下の基準に基づいて付与される。
(i) ワールドチャンピオン経験者を優先し、保有するワールドタイトル数に応じて評価される。また、申請者にワールドチャンピオン経験者がいない場合、もしくは複数のワールドチャンピオン経験者が申請し、なおかつ全員が同数のワールドタイトルを保持している場合は、
(ii) 各申請者が最後に出場したCTシーズンでの順位が最も高い選手が優先される。
なお、本条項に基づくマタニティ・ワイルドカード申請者が存在しない場合、そのワイルドカード枠はCSランキング7位の選手に与えられる。(c)
サーファーは、WSL競技への公認欠場として、最大連続1年間(すなわち1CTシーズン)の休場を取ることができ、復帰時にはワイルドカード申請資格を保持することができる。
この規定は、出産、怪我、医療上の休養、その他WSLによって事前承認された欠場すべてに適用される。(d)
すべてのワイルドカード選手は、チャンピオンシップツアー・アスリート契約に署名し、ツアー&コンペティション運営部門の承認を受けなければならない。
スポーツ界先端の制度を次々推進してきたWSL
実はWSLは、スポーツ界の中でも比較的早い段階からジェンダー平等を推進してきた組織のひとつ。2019年シーズン以降、すべてのWSL主催大会において『男女同額賞金制度』を正式導入。当時はアメリカ発グローバルスポーツ団体初として、スポーツ界全体からの注目を集めた。
それ以前のWSL大会では、女子優勝賞金が男子の半額近いケースも存在し、2018年の『The Ballito Pro』では、女子優勝賞金が男子の半額だったことが大きな議論を呼んだ。
さらにWSLはその後も、男女同じ会場・同じ波での開催や男女統合ツアースケジュール導入などを推進し、サーフィン界におけるジェンダー平等を大きく前進させてきた。

父親側にも広がる“育児サポート制度”導入の声も
また、海外メディアの間では、男子CTにも「ペアレンタル・ワイルドカード(育児ワイルドカード)」を設けるべきではないか、という声も上がっている。
2025年には、ライアン・カリナン(AUS)が第一子誕生のため試合を欠場し、その後ミッドイヤーカットを突破できなかった。
男子ツアーにおいても、「家族を優先するかキャリアを優先するか」という難しい選択は存在している。実際、現在のCTには多くの父親サーファーがいる。近年では、イタロ・フェレイラ(BRA)、ジャック・ロビンソン(AUS)、コナー・オレアリー(JPN)、ジョーディ・スミス(RSA)、フィリッペ・トレド(BRA)らが父親となっている。

もちろん、妊娠・出産による身体的変化を伴う女性アスリートと、男性アスリートの状況は同じではない。しかし、“育児”というライフイベントを理由にキャリアが左右される現実がある以上、男子ツアーにおける「ペアレンタル・ワイルドカード」導入も、新しいジェンダー平等の形を示す制度として、今後期待できるのではないか。
WSLはこれまでも、選手やコミュニティの声を制度へ反映しながら、スポーツ界全体にも影響を与える取り組みを進めてきた。今回の「マタニティ・ワイルドカード制度」は、その流れをさらに前進させる大きな一歩と言えるだろう。

(Mion)





















