障がいがある子供たちに海とサーフィンの楽しさを届ける団体「NOMARK-adapt(ノーマークアダプト)」(池上凪代表)が、設立から1年を迎えた。その節目として去る7月11日、静岡県の静波海岸と静波サーフスタジアム(SS)で、子供たちや家族を招いた特別なイベントを開催した。
世界最高峰のCT(チャンピオンシップ・ツアー)サーファー五十嵐カノアが合流するサプライズも実現し、参加者約60人、ボランティア約50人は大いに盛り上がり、設立1年目のNPO主催として異例の大規模イベントは成功裏に終わった。
ノーマークのイベントはこの日で通算10回目。全国で開くサーフィン体験会は、今や応募が殺到し、定員オーバーで泣く泣くお断りするほど、注目を集めるようになった。
不慮の事故で右手が不自由となり、パラサーフィン選手として世界選手権チャンピオンになった池上は現在、パラローイング(ボート競技)の日本代表として過酷なトレーニングに励む。NPO代表としてアスリートとして、今後どのようにノーマークの活動を展開していきたいか、未来のビジョンを語った。
「多田悠ちゃんプレゼンツ」


静波でのイベントは「多田悠ちゃんプレゼンツ」という特別な冠が掲げられた。静波SSは、池上が2024年春に多田悠ちゃんと出会った場所。悠ちゃんは、骨肉腫で右足を切断する大手術を受けた後、SSで偶然、練習中の池上らを見つけ「私も世界チャンピオンになる!」と、目を輝かせていた。
だが、それから約1年の闘病の末、悠ちゃんは8歳でこの世を去った。「悠ちゃんの生きた証を残したい」。池上の思いはノーマーク設立の土台となり、今回のイベントに繋がった。悠ちゃんの両親や悠ちゃんが通っていた地元のサーフショップ「オーシャンブルーバード」、静岡県牧之原市、同市教育委員会なども協力してくれた。

これほどのイベントが実現した背景には、設立1年未満のNPO法人には極めて稀となる日本財団からの助成金採択や、全国の企業からの寄付があった。いずれも、池上を中心としたパラサーファーらノーマークのメンバーが、説得力ある活動計画を練ったり、企業を回って理解を求めるなど、地道な行動が実を結んだ形だ。
静波でのイベント費用は、会場貸切費や運営費などで約250万円。参加者の負担は保険代等を含む最小限の費用(静波海岸1,500円、静波SS500円)のみだった。
五十嵐カノアも子供たちと交流

開催目前には、思わぬオファーが舞い込んだ。CT戦の合間を縫って帰国する五十嵐カノアらレッドブルチームのCTサーファーが、イベント当日のナイトセッションに参加したいと打診してきたのだ。
池上はノーマークの設立趣旨やイベント内容を説明し、「障がいがある子供たちのために貸切っているので、一緒に混ざってくれるならいいですよ」と返答した。レッドブル側は、音響や照明などを用意。当日の五十嵐は子供たちの輪に交じり、言葉をかけ、ハイタッチを交わした。池上は「子供たちはどんな選手なのかは分からなかったかもしれないけど、親御さんたちもすごく喜んでくれた」と振り返る。


台風接近でスイカ割り
夕方の静波SSでのナイトセッションに先立ち、午前中は静波海岸の海の家「静波館」を貸し切り、パラサーフィン体験会を開く予定だった。しかし、台風の影響により、大事をとってサーフィンは中止に。代わりに、砂浜でスイカ割りや砂遊びを企画した。


池上は「急遽、大きなスイカを買ってきた。今時、スイカ割りなんて滅多にしない。子どもたち以上に大人が夢中になった。サーフィンができなかったから、普段の体験会では話す時間があまりなかった親御さんたちや子供たちとコミュニケーションが取れたことはいい機会にもなった」と話す。


ナイトセッションから参加予定だったプロサーファー三輪紘也や池田美来らは率先して静波海岸で合流。アジア大会日本代表でもある池田は「ノーマークのイベントあったら、次も呼んでください!」と池上に声をかけたという。



ナイトセッションでは、レッドブルの五十嵐や岩見天獅のほか、ノーマークが依頼した池田、三輪、萩田泰智、三浦涼らが参加。幻想的な雰囲気の中で子供たちの目をくぎ付けにした。

「プロたちは、SSで人工波が出ている間も『子どもたちと遊びたい』と言って、自分のボードを子供たちに使わせてくれたり。カノアくんが来てくれたことも凄いけど、それ以上に、彼らが子どもたちと遊んでくれた光景が心に残った」(池上)

「決意の杭が打たれた」
これほどの規模のイベントを首尾よく運営できるか、当初は手探りだった。しかし、終了後、池上の心は決まった。「今回改めてイベントをやってみて、『よし、ここからまた大きくしていくぞ』と、腹が座った。やる前は『できるかな』とふわっとしていた部分もあったけど、1日を通して色々な人の顔を見て、やっぱりこれは続けていくべきなんだと、決意の杭がしっかり打たれた。やってよかった」

今後、ノーマークが見据えるのは、障がいがある子にも優しい海の環境作り。
障がいのある子供たちとその家族にとって、海は街の公園よりも物理的・心理的障壁が高い。砂浜で車椅子が移動できなかったり、バリアフリーのトイレやシャワーがなかったり。海難救助体制の構築も喫緊の課題だ。
「障がいのある人たちの海遊びの需要は広がっているけど、サポートの仕方を誰も分かっていない。ライフセーバーや海の救助隊も、障がい者を対象とした救助訓練を受けていないし、マニュアルもない。頸髄損傷の人が溺れた時にどう引き上げるべきか、発達障がいの人がパニックを起こした時にどう対応すべきか。そうした知識を、海の救助に特化した人たちが知らない状態」
障がい者の海難救助マニュアル作成へ

現在、水難事故防止の専門機関であるウォーターリスクマネジメント協会と共同で、障がい者に特化した海難救助マニュアルの作成に着手している。
そして、車椅子が通れるよう砂浜に敷くモビチェア(水陸両用車椅子)や専用のサーフボードなどを収納するコンテナを自治体とともにビーチに設置する計画も進行中。障がい者向けの海難救助マニュアルを学んだ人にノーマークが資格を発行し、その資格カードをかざせばコンテナ内の設備を自由に使える拠点を3か所ほど作りたいと目論んでいる。
3人の子の母でもある池上は、世界中を遠征し、過酷なトレーニングを続け、ロサンゼルスパラリンピックを目指す。1人で何役もこなしながら、すべての人に開かれた「海の遊園地」を夢見て、挑戦はまだまだ続く。
ALL Photos by 出雲秀二(NOMARK-adapt提供)
(沢田千秋)























