キャリア、ライバル、スポーツマンシップ… ミック・ファニングの引退前に知っておきたい8つのキーワード

CT開幕戦を前にした2月28日に飛び込んだミック・ファニングの引退という衝撃的なニュース。

昨年、同郷のビード・ダービッジ、ジョシュ・カーが最終戦限りで引退、同世代で残っているのはミック、パーコことジョエル・パーキンソン、エイドリアン・バッカンと数名のみ。
(ケリー・スレーターに関しては彼らよりも更に10歳年上だが、別格と考えよう)

2002年のルーキーイヤーから16年間のキャリアを積み、今年で17年目。
ジュニア時代を合わせると更に長い歴史があり、競技に対する意欲が衰えたのが大きな理由だと言う。

ミックが引退の舞台に決めたのはワイルドカード時代にCT初優勝を決め、通算4度も制しているベルズビーチ。
ホームはプレッシャーが大きいし、以前から引退の舞台はベルズと決めていたそうだ。
ホームでの開幕戦を合わせると現役でのコンテストは残り2戦。
いつも通り、ベストを尽くすと宣言している。

WSLが引退に合わせて行ったミックのロングインタビューから8つのキーワードをピックアップしてみた。

PHOTO:© WSL/Sherman

■スポーツマンシップ

コンテストに出場し始めた13歳の頃、まだ未熟な自分はヒートで敗退した時にサーフボードを投げてふてくされてビーチを歩いていた。
その姿を見て母に「同じことを続けたら二度とビーチには連れてこないわよ」と叱られた。
この瞬間から競争相手と握手をすることや、ルールを守り素直になるスポーツマンシップを身に付けたんだ。

■16年間のキャリアで一番誇りに思うこと

ワールドタイトルとイベントでの優勝。

でも、最も心が震えたのは2015年の『Billabong Pipe Masters』
QFでケリー・スレーターを相手に土壇場で大逆転を決めた時。
家族、全ての親友の前でのこの勝利は人生で本当に勝ったような特別な気分だった。
そして、ケリーとミックの対戦成績はこれでイーブンになった。

PHOTO:© WSL/SCholtz

■最大のライバル

ケリーは常に大きな存在だった。
アンディ・アイアンズは決して勝ち越すことが出来なかった選手。
彼の勝利に対する意思と欲求に勝る者はいない。
でも、最大のライバルはジュニア時代からずっと争ってきたパーコ。
一番倒したい相手さ。

■パーコとの関係

ワールドジュニア、クイーンズランド州、オーストラリア、そしてワールドタイトルまで全てのタイトルを競い合ってきた。
彼が念願のワールドタイトルを獲得した時、あの時以上に友人を誇りに思ったことはない。
あれ以来、更にその関係は深くなった。
スポット参戦をしていた2016年の後半、2017年に引退するかどうかを迷っていた時もパーコに相談し、彼の「戻って来いよ」の言葉でカムバックを決めた。

PHOTO:© WSL/Scholtz

■最も辛かったヒート

2015年の最終戦、兄が亡くなった日のヒート。
その日の早朝に訃報が届いた。
でも、あの日は今までのヒートで最も冷静に戦えたのかも知れない。
彼が天から私を見守り、波を運んでくれることが分かっていたから自信があった。

ミックは1998年にもう一人の兄を交通事故で亡くしている。
サーフィン界で将来有望だった兄はミックのヒーローでもあり、そのダメージは計り知れない。
ミックの左腕には兄の名前のタトゥーが入っている。

■スポンサーとの関係

スポンサーへの忠誠心。
私のスポンサーは良い時も悪い時も達成したいことのためにサポートしてくれる。
それだけで心配事が一つ減るんだ。
スポンサーであるのにも関わらず、素晴らしい友人関係を築いた。
15歳の時から基本的にサーフボードには同じステッカーが張ってあるのが何よりの証明。
もし、あなたの夢をサポートしてくれる人がいたら、感謝しなければいけないよ。

■若いコンペティターにアドバイス

最後まで決して諦めない。
これは母から教わったことで、キャリア後半になった今でも変わりはない。

■引退後の人生

再び学ぶことに重点を置きたい。
これから起きることは全て新しくエキサイティング。
素晴らしい波を見つけること、自分自身について学ぶこと。
今までは一年のスケジュールが決まっていたけど、これからは自分自身で考えなければいけない。
その他にも人生の様々なことに目を向ける。
どれもエキサイティングさ。

(空海)

COVER PHOTO:© WSL / Rip Curl

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