Photo: Ryoma Sato

パリ五輪代表の松田詩野が母校を訪問。茅ヶ崎市のスポーツアンバサダーに就任

締結式・壮行会に地元民ら125人が参加

2024年パリ五輪の代表入りを果たしたプロサーファー松田詩野が3月16日午前、母校である神奈川県茅ヶ崎市の東海岸小学校(東海岸南四丁目10番1号)を訪問。体育館で壮行会が開かれ、会場には125人のファンや地元民が詰めかけた。同会場では、茅ヶ崎市とのスポーツ振興に関する協定(通称、スポーツアンバサダー協定)の締結式も行われた。この協定の締結により両者は、サーフィン競技の普及・振興や同競技を通じて次世代育成やまちの活性化等を図る取り組みを推進することになる。

締結式では、茅ヶ崎市長の佐藤光 氏が「市からオリンピアンが出たことに感無量。茅ヶ崎には松田さんの力が必要ですし、茅ヶ崎も松田さんのことをずっと応援していきます」とコメント。対して松田は「茅ヶ崎の海で初めてサーフィンをしました。一緒に始めた友人や、教えてくれた先輩がいて、競技関係なく純粋にサーフィンを楽しめる場所が茅ヶ崎です」と話した。

佐藤光市長と松田 Photo: Ryoma Sato

締結式では、市内の柳島小学校に通う、6年生の武藤琉夏さんから松田に大きな花束が贈呈された。武藤さんは、2023年のホノルル市長杯グロメッツサーフィンコンテスト・ガールズU12クラスで優勝経験もある。
「オリンピックもそうだけど、これから大きな試合にたくさん出ると思う。がんばって、と詩野ちゃんに言いたい」(武藤さん)

小学6年生の武藤琉夏さんと Photo: Ryoma Sato

地元プロたちと「次世代を盛り上げていきたい」

締結式のあとは、茅ヶ崎市出身のプロサーファー5人によるトークセッションも行われた。幼い頃の松田をよく海外遠征に連れていったという大橋は、松田の印象について聞かれると「小さい頃はシャイだったのに、今では僕が叱られるくらいになって。負けず嫌いなのはありますよね」と回想。自身も五輪会場であるチョープー経験者であることから、現地の地形や波の形状について松田と話に花を咲かせた

茅ヶ崎のサーファー世代について松田は「先輩が海外に連れていってくれたおかげで耐性がついて、世界を転戦するきっかけになった。地元に上手なサーファーがたくさんいたことが上を目指す発端になったので、私も同じように、今日来てくれているような次世代の女の子たちを盛り上げていきたい」と語った。

トークセッションに参加したプロサーファーが、それぞれ松田に激励の言葉を送った。左から田沼亮、大橋海人、松田詩野、岡野漣、久米大志。司会者でもある久米のユーモアのある進行に、来場者からは時折、笑い声が上がっていた。
NSA茅ヶ崎支部が用意したサーフボードに、松田を中心にしたプロサーファーがメッセージを書き込んだ。ボードは今後、全日本選手権のパドルレースなどで使用されるとのこと Photo: Ryoma Sato

松田母は「心配で毎日、波チェック」

イベントに同席した松田の父、松田成樹さんは、松田の代表入りの感想を聞かれると「本当にホッとしました。以前は記憶にないくらい苦しかったから」。東京五輪の代表入りを逃し、苦渋をなめた娘の姿をそばで見ていただけに、喜びもひとしおといったところ。一方で母の雪さんにパリ五輪の舞台であるチョープーについて問うと、「心配で、毎日現地の波情報をチェックしている」と答えが。しかし、「私たちは現地にも行けないので、見守るだけ。『あなたには海の神様がついてるから大丈夫』といつも声をかけている」と語った。

トークセッションでの本人談によると、松田は今月にも日本を発ち、現地で調整を重ねていくとのこと。7月に開催が迫ったパリ五輪。金メダルを目指す彼女の動向に、今後も注目していきたい。

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(Ryoma Sato)

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