特集扉には福島の美しい青い空と広い海が広がる Photo: THE SURF NEWS

「福島 ~復興の波に乗る~」豪jStyle誌で北泉プロ取材記を特集

日本の魅力をオーストラリアの方々に伝えるべく、オーストラリア全土で年1回発行されている英字誌『jStyle』(ジェイ・スタイル)の最新号で、福島のサーフシーンが全6ページにわたって特集された。

 「Fukushima -Riding the wave of recovery-(訳題:福島 ~復興の波に乗る~)」と名付けられた特集では、現在の福島の様子や、北泉で震災後はじめて開催された大会の様子を紹介。3・11から現在に至るまでの復興の様子や、現地の人々の生活を取り上げている。

THE SURF NEWSと新島在住ライターのロウズ・ケンはこの特集に制作協力するためこの夏、福島を訪れた。ここでは本誌の内容を抜粋で紹介するとともに、本誌には載せきれなかった取材のこぼれ話もお届けする。

Photo: THE SURF NEWS

震災後9年ぶりに再開した北泉海水浴場

記事の始まりは一面の青い空と広い海の写真で福島の美しい自然をアピール。福島県の簡単な紹介の後、取材の記録に入る。

2019年7月に行われたJPSAロングボード第4戦『北泉プロ』が行われることを機に取材を決めた記者が福島駅から現地入りし、車で北泉海岸に向かう。道路沿いに放射線量をリアルタイムで表示しているモニタリングポストの話題から原発事故後の飯舘村の様子、汚染土の問題などを綴っている。

3・11から8年。震災後から海水の放射線量測定を続けていた南相馬市は、海水の安全性等が確認できたと判断し、2019年7月に北泉海水浴場の一般利用再開となった。JPSAロングボードの第4戦はその北泉を舞台に開催された。他エリアの大会に比べてエントリー数はやや少なかったが、その分参加した選手達は「この大会やサーフィンを通じて福島を盛り上げたい」と強い思いを抱いていた。

この大会で2019年ロングボード男子グランドチャンピオンになった井上鷹 Photo: JPSA

この大会で2019年のロングボード男子グランドチャンピオンの座を獲得した宮崎出身の井上鷹氏にインタビューし、福島の印象を聴く。

「宮崎も全国的に波がいいけど、県外では北泉が一番かもしれない。復興も兼ねての試合なので、せっかく来るなら自分たちが盛り上げて力になれたらと思っています。」

他にも鷹氏の母やサーフレスキューの副隊長にも話を聞き、多方面から福島への思い、海の安全性や震災当時の様子を記録。震災後、沖縄そして宮崎に移住したが、この海水浴場再開のために北泉に戻ってきたサーフレスキューの長沢氏はこう語る。

「実は海水の放射線量は、原発事故後驚くほど早く低下していきました。北泉を再開させるまでにこんなに時間がかかった理由は、人々がレジャーについてあれこれ考える前に、まず自分たちの生活を再構築しなければいけなかったからです。このあたりのサーファーは震災後3年間、海に入ることを控えていましたが、その理由は放射能ではなく津波で亡くなった方々への配慮からです。」

想像を絶する津波の襲来や史上最大規模の原発事故により、人々の生活は精神的にも身体的にも大きな傷を受けた。8年越しの北泉の再開は、海水の安全が確認されたことも勿論あるが、少しずつ人々に海やレジャーを楽しむ余裕が戻ってきたことの証でもあるのだろう。

混雑とは無縁のサーフポイントの数々

福島では無人の波は珍しくない Photo: Kiyomi Igari

記事の後半はガラガラのサーフポイントをいくつも通過しながら南下しているうちに福島の現状を考察した。暫定基準の設定や除染作業など政府の対応と、放射能の危険を完全に否定できない中、地元へ戻ってきた住民の思いを比較。はっきりと定まらないリスクを背負ってでも生まれ育った故郷に戻ることを決めた人にとっては原発の汚染はもはや心配してもどうにもならない、新しい現実だ。

最後は日本サーフィン連盟・福島支部支部長の渡辺広樹氏にインタビュー。震災当時は近くの高台に避難して、津波が防波堤を超え、街を襲い、自分のサーフショップまでやってくるのを目撃した。復興には時間がかかり、海には2-3年は入らなかったそうだ。

「福島に来たがらない人もいる。それは仕方がないけど、来れる人のために頑張りたい。海も食べ物も大丈夫。それを信じてやってきました。県も市も、自治体もサーファー誘致のため駐車場やトイレの整備をおこなっています。あとはサーファーが来るだけですね。」 

主なサーフポイントではきれいなトイレや広い駐車場も整備されている Photo: THE SURF NEWS

取材の間、見過ごすには勿体ないくらい多くの無人ブレイクを通り過ぎた。取材が終わり、サーフボードを家に置いてきていた筆者は、渡辺氏のショップで板とウェットを借り、ガラガラの波を存分に楽しんだ。

取材後記

海外で「フクシマ」と聞くと、まず思い浮かぶのは福島第一原子力発電所の事故。チェルノブイリと並ぶ大惨事だっただけに、その影響と対応は世界中から注目の的だ。また、太平洋への汚染が多かったため、何千キロも離れていても同じ海を共有している国々は特に気になる問題だ。

取材中も自ら線量を測り、具体的な数値を伝えることで読者が自分で考えて判断できる材料を提供 Photo: THE SURF NEWS

記事を書くにあたって一番難しかったのは放射能汚染の伝え方。海外の報道の多くは「以前の数値の何倍」や「何十倍」と言う表現をしているが、ゼロに極めて近い数値を何十倍しても、実際の危険性はどうなんだろうか?今回の取材と記事では、具体的な数値を挙げ、世界の基準と見比べながら自分で判断する材料を提供したかった。

今回の計測値は飯舘の国道沿いで0.124μSv/h、北泉海水浴場で0.036 μSv/h、第一原発近くで1.916 μSv/h 。放射性物質は、原子力発電やレントゲンなどの人工物だけでなく、土、岩、水、空気、植物といった自然環境や宇宙からも見つかっており、世界平均約2.4 mSv/年(0.274 μSv/h)の放射線を人々は生活のなかで浴びているといわれている。放射線物質の構造や状態によって人体への影響は様々だが、北泉海水浴場の数値は世界平均を大きく下回っており、南相馬市が再開に踏み切ったのも頷ける。

袋に詰められた汚染土の山は、原発事故の悲惨な過去を思い出させるだけでなく、未だに解決されていない数々の問題とその厳しい現実を私たちに突きつけた。 Photo: THE SURF NEWS

一方で、まだまだ多くの問題を抱えているのも事実だ。現地取材で「事故直後に仕事でオーストラリアを訪れた際、福島に住んでいることを伝えたら、サーっと引かれて、避けられていた」という証言を聞いた。こう言った風評被害は誤解や知識不足からくるものが多いが、事故後の対応や政府への不信感も加担しているのだろう。

オリンピック誘致の際に首相が原発事故の影響に対して“It’s all under control”(すべてコントロールできている)と言い切ったけれども、いまだ避難生活を強いられている人が多く、冷却水の処理方法や廃炉計画も定まらず、除染土も山積みのままだ。それに、福島第一原発の電力は、福島県内ではなく首都圏で使われていたということも忘れてはならない。この現実を真摯に受け止め、表面上の“掃除”だけではなく、根本的な復興への道を見つけ出すことが必要なのではないだろうか。


首都圏から少し足を延ばせば、福島には良い波が有り余っている。震災と原発事故の爪痕が残る中、復興を願って頑張っている人がいる。放射能が集まる川などは高い線量が残るホットスポットもあるが、海水からはほとんど検出されなくなった。放射能はよく知られたリスクだが、実は我々の身の回りにはただ気づいていないだけのリスクもたくさん潜んでいる。それらを各々で判断して、行くことを決めたのなら、そこできっと良い波に出会えるだろう。

Photo: Kiyomi Igari

本誌『jStyle issue18』ではより詳しい福島取材記が掲載されている。PDFはこちらから(福島の記事は61ページから)
http://nichigopress.jp/images/site/pdf/JS1918.pdf

ケン ロウズ

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