シリーズ「サーフィン新世紀」⑩
未来のサーフィンは東京オリンピックからはじまるか?それとも?
WSLの内幕を描いた記事 “Mixed Results(混沌としたリザルト)” がサーファーズジャーナル27-3に掲載された。プロサーファーの世界一を決めてきた組織のインサイドにフォーカスしたこの記事は「そんな事が起こっていたんだ」と驚きの話題が山盛りだ。
例えばゾシーメディアというペーパーカンパニーのような広告会社がWSLの実権を握ったという不可解な事実。その会社のトップがケリー・スレーターのマネージャーやクイックシルバーの元幹部だったということ。またウェーブプールを開発するケリーのウェーブカンパニーがWSLによって買収されたがその経緯もいまだ不明瞭と、この記事はケリー・スレーターとWSLの関係の深さを匂わせている。これがスキャンダラスかジャーナリスティックかどうかは読者の判断に委ねるにしても一読の価値はある。
しかしながら、ケリーとWSLの関係をここで槍玉に上げる意図は私には無い。11度の世界チャンピオンに輝き人生のほとんどをWSLのツアーに捧げてきた男がその組織と深い関係になるのは必然だし、40代にしてなお一人の選手としてひたむきに戦いつづけるその姿には胸が熱くなる。
とにかく彼が特別な存在であることを否定する人はいないし、引退後は遅かれ早かれWSLの重鎮として重要な職務を背負うことになるかもしれない。
WSLと深い関係にある「ケリー・スレーター」のイメージとは
しかし前述の記事を読んで(翻訳は私が担当した)ある推測が私の心に浮かび上がった。もしケリー・スレーターが選手としての立場を超えてWSLと深い関係にあり、強い影響力を持っていて、記事に書かれたことが彼の意思で行われていたとしたら、この元世界チャンピオンはその将来になにをイメージしているのだろうか? 彼はウェーブプールを売り込みたいのが理由なのか?否定はできないが、しかしそれだけだろうかと思う。私が彼にシンパシーを感じているからかもしれないが、ケリー・スレーターという人物が私利私欲だけのことでこの組織を掌握している(もしくはしようとしている)とは考えにくい。もっと遠い将来を大局的に彼は見つめているのではないかと私は考えた。
そこでケリー・スレーターというサーファーの足跡や人物像を改めて調べることにした。マット・ワルショーのサーフィン百科事典からインターネットでケリーの話題に触れた記事、そして彼の自叙伝であるPipeDreamsも読んでみた。その結果、私は「やはり、そういうことなんだ!」と膝を叩き、これまで抱いていた推測がほぼ間違っていないだろうと感じた。だが本人から確証を得たわけではないから、これから話すことは、私の勝手な絵空事でおそらく事実とは異なるところもあるだろう、だからフィクションだと思って読んでいただきたい。ケリーとプールとオリンピックとそれらをとりまくさまざまな事象を点と点で結んでみたらこんな絵が完成した。ということだ。
ケリー・スレーター、ウェーブプール、オリンピックを取り巻く5つのポイント
さて、この話を整理するために5つのポイントをまず述べてみる。
1.サーフィン界ではマイケル・ジョーダンのように評価されるケリーだが、一般の社会でサーフィンはいまだマイナースポーツという認識に彼は失望を感じている。
2.マイナースポーツと認めざるをえないサーフィンをケリーはメジャースポーツに育てたいという夢がある。
3.その夢の実現のためにケリーは自然の波に劣らないウェーブプールを作り、世界中にそれを普及させサーフィンの発展に寄与したい。
4.ウェーブプールを普及させる一つの手段として世界のプロサーフィン界を統括しているWSLを掌握し公式のインフラ設備としたい。
5.東京オリンピックで公式種目になったサーフィンの試合をウェーブプールで行いプール普及の起爆剤にしたい。
メジャースポーツとの格差、サーフィンが発展しない原因とは
世界中でサーフィンが普及しているにも関わらず、そのプロコンテストの賞金額やTVの視聴率などをメジャースポーツと比較したらその違いは大人と子供ほどの差がある。たとえばプロゴルフの一試合で優勝賞金が1億円というのは珍しくないが、サーフィンの世界チャンピオンは年間賞金総額にしても数千万円で一億円にははるかに及ばない。テレビの視聴率で比較するとCTの公式戦よりリトルリーグのワールドシリーズの方が高いのが実情だ。
ケリーはサーフィンの世界には留まらずさまざまな分野のセレブと交流を深める社交家だから一般社会のサーフィンに対する認識の低さをさまざまなところで痛感してきたのではないか。『それなら私がサーフィンをメジャースポーツに育てよう』と彼は決意したのかもしれない。
その夢の実現の手段としてウェーブプールがある。サーフィンが発展しない原因として自然の波の不確実性があったからだ。一度だけでもグッドウェーブを体験すればほとんどの人がサーフィンの魅力に気づくだろうけど、自然の波の場合はそこにたどり着くまでにほとんどの人がサーフィンをあきらめてしまう。サーファーならばそれをよく理解できるはず。
整えられた舞台、ケリー・スレーターの野望
さらに彼の自叙伝PipeDreamsにも書かれているが、ケリーの理想とするサーフィンの試合とは波の取り合いでなく、高度な技の競い合い。そのためにはスノーボードのハーフパイプのように、さまざまな意味で『整えられた舞台』がサーフィンのコンテストにも必要となる。その整えられたという意味には『良い波』というだけでなく、大都会に近く週末にファイナルを行うことが可能で、観戦者からは入場料を徴収できるという条件が含まれている。
その舞台としてウェーブプールの実現がケリーの野望の第一段階となった。そしてプールを開発する会社を立ち上げて10年後に彼の理想とする(子供の頃からの夢でもあった)ウェーブプールが実現した。
この『整えられた舞台』を有効に活用するにはWSLの協力が不可欠だ。WSLの公式試合に使用されてこそ、このプールの価値は高まる。WSL側にとっても、これまで組織をバックアップしてきた各企業にとってもこのケリーの壮大な野望は、サーフィン業界の将来を考えれば大賛成だろう。ウィン&ウィンの関係が成立した。しかもケリーはこのプールの権利をWSLに売却してしまう。プールで儲けたいんじゃないよという彼の意思表示にも感じられる。
そして時期を同じくしてサーフィンが東京オリンピックの公式種目として決定する。ウェーブプールでオリンピックが?という憶測が世界中を駆け巡ったが、東京オリンピックは自然の波で開催されることが決定してしまい現在に至る。
オリンピックのニュースは、じつはケリーがウェーブプールを実現しプロサーフィンの次への発展の手段としてWSLと共にある種の賭けに出た矢先のことで、彼らにとっては不測の事態だったのだろう。だがそれを好機と捉えてプール建設の計画を実行する。しかしWSLによる日本でのウェーブプール建設計画は、現在も千葉県木更津市で進められているものの、さまざまな許可申請などの問題に時間を費やし、工事計画も遅れが出ている状況だという。
もしケーリー・スレーターの野望が本当だとしたら、彼はいま未来に向けて何を考えているのだろうか。狙いはまだ2020年の東京オリンピックか、または先のシナリオに進んでいるのか。その行方に興味が高まるのは私だけではないだろう。もうウェーブプールの時代は目前に控えているし、この先の数年がウェーブプールの将来性に大きな影響を及ぼすのは必至だ。その鍵をケリー・スレーターが握っているといっても過言ではない。
(李リョウ)