パラ選手を夢見て亡くなった多田悠ちゃん(中央)と池上凪さん(右)、加藤真吾さん(池上さん提供)

障がいある子に「海の遊園地」を!パラサーフィン世界王者がNPO設立 浜松、いすみでイベント開催

全国で障がいがある子供たちが安心して海で遊べる場を提供するNPO法人「NOMARK-adapt」が活動を開始した。今月24、25日、最初のイベントとして、静岡県浜松市でと千葉県いすみ市で、パラサーフィン体験会を開催する。

NPOは「誰もが楽しめる海の遊園地を創ろう」をテーマにパラサーフィン世界選手権チャンピオンの池上凪さん(33)が中心となって設立。同じく世界チャンピオンの加藤真吾さんやサーフショップ経営者、医療従事者、福祉関係者らも賛同し、理事や実行委員に名を連ねた。

池上さんはある少女との出会いで、このNPOへの思いを強くした。静岡県牧之原市の多田悠ちゃんは、チャンピオンの池上さんと共にサーフィンすることを楽しみにしていたが、イベントの開催を待たず、今年3月、わずか8歳で短い生涯を終えた。

パラサーファーを夢見た少女との出会い

池上さんは「先天性の障がいや後天性の病気の子も、長く生きられないことがある。悠ちゃんが亡くなってしまい、より早く、よりたくさんの場所で、このイベントを開催し、生きづらさを抱えた人たちの役に立ちたいって気持ちになりました」と話す。

池上さんは13年前、6万人に1人の難病を患った上、交通事故で右手が不自由になった。11回の手術とリハビリを重ね、サーフィンと出会う。努力と周囲の支えで、全日本選手権の常連になると同時に、パラサーフィン世界選手権の日本代表として、2023年12月、米カリフォルニア州ハンティントンビーチで、金メダルを獲得した。

常々「私の人生、たくさんの奇跡が重なって生かしてもらった。これからは自分のためだけでなく、誰かのためにも行動したい。障がいがある人がサーフィン界でも貢献できるって示したい」と話していた。

その思いを具現化したのが、このNPOだ。

「障がいがある子供を持ってるお母さん、お父さんって、子供を公園に連れてって、子供を見ながら、ちょっとコーヒー飲みながら談笑する時間ってほぼないんですよ。そもそも公園に行けないとか、コミュニティの中に入り込むこととか、自由に遊ばせるとか、成長を一緒に楽しむっていうことの回数が健常者の子供を育てる時よりもすごく少なくて。それが海だと、絶対行けないだろうっていうイメージがある。でも、そうじゃない場所作りを海で出来たらいいなって。海って癒されるのに、そういう人たちがアクセスできないのは悲しいから」

パラサーファーの加藤さん、島川幹夫さん、池上さん(池上さん提供)

障がいがある子供たちやその家族らに思いを寄せるようになったのは、自身の経験があってこそ。「病気やケガがなかったら、ここにはたどり着かなかった。どんな人にも受け入れてもらえる場所が海。それを、一般のサーフィンをやってる人たちにも、認識してほしいなっていう思いもあります」

とは言え、障がいがある子供たちとその家族にとって、海は街中の公園や広場などよりも、物理的、心理的障壁が高い。砂浜で車椅子が移動できなかったり、バリアフリーのトイレやシャワーが少なく、安全面にも不安を抱きがちだ。

専用車椅子を用意

砂浜を走行できるモビチェア(池上さん提供)

池上さんのNPOでは、参加者の不安を解消するため、タイヤが大きく砂浜でも走行可能な車椅子モビチェアや、砂浜に敷いて一般の車椅子などの走行を可能にするモビマットなどを用意。イベント時は、医療従事者やパラスポーツの誘導員、介護の専門家などがサポートに当たり、万全の態勢を敷くという。

池上さんは「モビチェアのベルトは、腰周りと胸周りでしっかりかけられるので、体幹が弱く、ぐらついてしまう子供たちも、ちゃんと安全に乗ってもらえる。絶対ボードに一人で乗せないというルールも設けているので、楽しんでもらえる環境は作ってます」と説明する。

海で浸かるだけでもOK

今月24日の浜松市ではWSLのQS2000イベントに合わせて、25日のいすみ市では、毎年恒例のサーフタウンウェスタに合わせ、パラサーフィン体験会を開く。池上さんは「一応パラサーフィンを謳ってるんですけども、ボードに乗らなくてもモビチェアに乗ってもらって海に浸かるとかとか、自由に海を楽しんでもらいたい」と話す。

地元企業が協賛を快諾

イベント開催には、毎回20~30万円の経費が必要だが、地元企業の協賛で賄うことができた。池上さんと加藤さんが、約2カ月前から、世界選手権の金メダルを手に地元企業を回り、イベントの趣旨を説明すると、多くの企業が二つ返事で協力を申し出てくれたという。

「サーフィン=慈善活動のイメージがないからなのか、当初は自分たちの活動の資金集めのために来たと思われました。でも、イベントを説明すると、『こんな良い活動だったら是非協力したいです』って言ってくださる企業さんが多かったです」と振り返る。

海で心が共鳴する体験を

イベント開催やNPO立ち上げの原動力になったのは、それまでのパラサーフィンイベントで出会った子供たちの笑顔。「昨年の夏、脳性まひの10歳の男の子をサポートした時は、親御さんも本人も、こんなに喜んでるの見たことないみたいな感じのことをおっしゃって。サポートしてる側も含め、三方向全部が同じだけ心が共鳴した。そんなことってあまりない。そういうことを、もっと多くの障がいがあるお子さんに体験してほしいなって」

そして、昨年5月、静波サーフスタジアムのパラサーフィンイベントで、地元に住む小学2年生だった悠ちゃんと出会った。悠ちゃんは前年、骨に発生するがん骨肉腫が判明。右足を切断する大手術を経て、抗がん剤治療を乗り切り、退院後、このイベントに参加した。

「絶対パラサーファーになる」と話し、練習に励んでいた悠ちゃん(左から2人目、池上さん提供)

8歳で天国へ

「片足がなかったけど、最近サーフィンを始めたって。私もチャンピオンになりたいんですって言ってて。私も加藤さんも金メダル持ってたから、かけてあげて、すごく本人喜んで。もう絶対チャンピオンになるっていうやり取りを、ずっとさせてもらってた」(池上さん)

浜松のイベントに悠ちゃんを招待していたが、今年3月26日、8歳で天国へと旅立った。

「悠ちゃんみたいな子供たちがもっと海に入れる機会を作るからって約束していたのに。障がいや病気の子は寿命が短くて、私たちのような後天的なケガの障がいと違って、長く生きられないこともある。より早く、よりたくさんの場所で開催したいなって気持ちがありますね」

浜松、いすみの後、今年は九十九里町や湘南でのパラサーフィン体験会の開催が決定している。

まだまだ参加者募集中

浜松といすみのパラサーフィン体験会は15日が申し込み締め切りだったが、まだ定員に余裕があるため、3歳~小学生までの子供たちの参加を募集中。「障がいがない子でも、目隠しをして、砂浜を歩いたり、モビチェアに乗ってもらえるので、どんな人にも来てほしいです」と呼び掛けている。

問い合わせ先は、NOMARKのインスタグラムへ。

(沢田千秋)

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