(NSA佐賀支部提供)

佐賀・唐津での洋上風力発電に地元サーファー等が再考を求める

佐賀県と唐津市が県北部の玄界灘で誘致を進めている洋上風力発電事業に対し、地元サーファー達が再考を求める署名活動を展開している。

この事業誘致は、再生可能エネルギーの導入を促すために国が定めた「再エネ海域利用法」に基づいているものだが、景観が損なわれることや波がなくなることなどを懸念して地元サーファー達は疑問を呈している。他方、地元の漁業関係者の間では、賛否が割れているという。

THE SURF NEWSでは地元サーファーと行政の両者に話を聞いた。それぞれの主張を読み解いていくと、自分達がエネルギーや地球環境にどう接するべきなのかという難しい問いに行きつく。

▼目次
1.洋上風力発電事業の概要
2.なぜ唐津で洋上風力発電なのか?
3.九州サーフィン発祥の地「立神」
4.地元行政とサーファーの主張

唐津沖の洋上風力発電事業の概要

今回、建設候補となっている海域は、佐賀県唐津市と玄海町沖の約140平方キロメートル。候補海域の東端の岸側には「立神」などのサーフポイントがある。

洋上風力発電事業の候補海域(佐賀県提供資料にTHE SURF NEWSで立神ポイントを追記)

現在はまだ候補海域の検討等をする段階で、実際に開発ができるかどうか決まったわけではない。設置される風車の大きさや基数も最終的にどの事業者となるかによって異なるため、具体的な建設計画もないという。

例として、進出を検討している複数事業者の環境アセスメント資料等から、現時点では概ね、ブレード高(海面から翼の一番上)260~270m、支柱の直径10m程の風車が、29~40基設置することが想定されている。岸からの距離は最低1km以上、風車間の間隔も1km以上とされている。

実現すれば、選定された事業者は、建設から撤去まで含めて30年間事業を続けることができる。事業規模は数千億円におよび、十数社が進出検討中と報じられている。

オランダのウインドファーム(出典:資源エネルギー庁

なぜ唐津で洋上風力発電なのか?

事の発端は2018年12月に国が制定した「再エネ海域利用法」だ。世界各国が、地球温暖化防止のために再生可能エネルギーの導入を進めていくなか、日本は諸外国に比べて再エネ比率が約16%と低い水準にある。日本政府は、今後再生エネルギーを主力電源にしていくことを目指しており、その切り札として洋上風力発電が位置付けられている。

再生可能エネルギーには、ほかにも太陽光や地熱、陸での風力発電などもあるが、陸地が少ない日本で大規模な発電ができるものは既に殆ど開発済みだという。

そこで注目を集めているのが洋上風力発電だ。日本の狭い国土に対して周囲の海は広大であること、海上では陸より強い風が安定的に吹くことなどから、次なるクリーンエネルギーとして期待が高まっている。

全国で洋上風力発電の検討が進められている(佐賀県提供資料)

洋上風力発電をするためには、「年間平均風速が毎秒7m以上」「海の深さが60m未満であること」などの条件が揃う必要があり、この佐賀県沖が候補の一つになった。

更にこの玄界灘を候補地とするメリットとして、唐津市の隣、玄海町にある原子力発電所の送電設備が活用できることなどが挙げられるという。

九州サーフィン発祥の地「立神」と国の天然記念物「七ツ釜」

九州北部の代表的なサーフエリアの一つである唐津。なかでも「立神ポイント」は九州サーフィン発祥の地と言われ、日本海側からのうねりが生み出す良質な波を求めて、全国からサーファーが集まる。

立神ポイントの海底は、両サイドがリーフ、中央がビーチとなっており、うねりの向き次第ではロングショルダーを形成するなど地形にも恵まれ、これまでに、原田正規、西村いちご、田中大貴と3名のプロサーファーを輩出。

この海岸の東側には、ポイント名の由来となった高さ30mの巨大奇石「立神岩」など多くの巨石が立ち並び、そのダイナミックで荒涼とした風景も魅力の一つだ。この玄界灘の自然が造り出す神秘的なスポットは、サーファーはもちろん、観光スポットとしても定評がある。

(NSA佐賀支部提供)

立神の5kmほど西側には、国の天然記念物にも指定されている「七ツ釜」がある。玄武岩が玄界灘の荒波で浸食されてできた7つの洞窟が並ぶ七ツ釜は、玄海国定公園内に位置しており、このエリアを代表する景勝地の一つだ。

「立神」や「七ツ釜」の沖合が、今回の洋上風力発電の候補海域となる。

国の天然記念物に指定されている「七ツ釜」 提供:(一社)唐津観光協会

「雇用創出したい」地元行政。地元サーファーは「もっと沖へ」

THE SURF NEWSでは、この事業誘致を進める佐賀県新エネルギー産業課の担当者と、署名活動を展開する「唐津、玄海の海の未来を考える会」の代表に話を聞いた。

県の担当者は、洋上風力発電を誘致することのメリットとして、発電所のメンテナンス等に伴う雇用創出が期待できることを挙げる。その経済効果は年間約20億円と見込んでおり、この地域の年間漁業生産額と同程度になる。人口減少が激しいこの地域の新たな産業を創出することで人口流出を食い止めたい考えだ。

対する地元サーファー達は、波・景観・観光業・漁業・健康への影響を懸念。更に、雇用創出についても疑問を呈している。一方で、「再生エネルギーに反対ではない」として、「もっと沖合に作れば波や景観、健康等、様々な問題への影響も軽減される」と指摘する。

それぞれの懸念点に対する両者の見解を並べる。

オンライン署名ページ

・雇用創出

(佐賀県)佐賀の沿岸部はかなり人口が減っている。水揚げ量も年々減っており、玄海海域の年間生産高は20~30億円程度にまで落ちている。洋上風力発電所が出来れば、そのメンテナンスなどで20年間で453億円の雇用、単純計算で年20億円の効果があると見込んでいる。

(地元サーファー)玄海町でも原発の仕事があるのに、人口減になっていて説明になっていない。むしろ景観が損なわれることで、唐津市の主要産業の1つである観光業が落ち込むことが懸念される。

・波への影響

(佐賀県)岸から1km以上離し、風車と風車も1km以上離すため、波浪、流行、流速には殆ど影響がないのではないかと思っている。国内外の事例や研究を調べたが、サーフィンに支障があるとのエビデンスは確認できていない。波への影響が小さいために環境影響評価の項目になっていない国すらある。国とも相談しながら、引き続き波に悪影響をもたらす事例や論文などを探していく。

(地元サーファー)海外の事例は30~40km沖合で、サーフポイントでの事例もない。沖合1.5~2kmにブレード高260m以上の人工物が出来たら、体感的な話だが波へは甚大な影響がでると感じている。ヒザ波になってしまったらプロは誕生しない。サーフィンが出来るかどうかはわずかな海底の地形変化や風向きに影響される。多数の風車の基礎工事によって海底の地形が変化するであろうことは容易に想像できる。その結果、波にどのように影響するのかは数字で証明することはなかなか難しいが、リスクであることは確か。

※編集部注:佐賀県の説明資料には国内外10事業における波浪・流向・流速への影響評価結果を記載し、「殆どの事例で影響は軽微」としている。但し、対象の事例はイギリス、北欧、カナダが殆どでサーフィンがメジャーなエリアではない。唯一、イギリスの「NAVITSU BAY WIND PARK」事業は、サーフポイントへの影響に言及し「波浪や潮流の変化の影響は軽微であり、重大な影響はない」としているが、この事業では発電設備を20km以上沖に建設する計画だった。(隣接する世界遺産の景観に影響することから計画は中止になった)

・漁業への影響

(佐賀県)五島沖の実証実験では、風車のまわりにソフトコーラルがあり漁礁効果があることを確認。漁業団体は賛否がきっぱり分かれているが、賛成している側はそこに期待している。

(地元サーファー)七ツ釜の沖合にある小川島をはじめ、対馬海流で漁をしている小川島、福岡糸島、長崎の10の漁協は11月に反対協議会を組んでいる。風車のまわりに漁礁ができたとしても、普段漁をしている魚とは違ったら意味がなく、200m超の建造物ができたらその周囲200m以内に漁船は入れないと聞いた。

・景観への影響

(佐賀県)海の上に人工物ができることになるので、景観が変化することは確かだが、それを美しいと感じる人もいるし、イメージ次第なのではないか。

(地元サーファー)唐津の観光地「鏡山」は284m、福岡タワーは234m。そのような高さの風車が何十基も、国の天然記念物に指定されている七ツ釜の沖に出来れば、景観も損なわれる。

・健康被害への懸念

(地元サーファー)山側に高さ25~26m程度の風力発電機があり、そのサイズでも音や振動で睡眠不足や精神障害になったという話も聞く。唐津の山側の住民で、眠れなくなって引っ越したという話も聞いた。山口の陸上風力の事例では1~2km離れていても健康被害が出たとの報道もある。

(佐賀県)風車の近くまで行けばもちろん多少は音がするが、1km以上離れた岸では自然の風の音の方が大きい。もちろん県としても住民に健康被害が起きることは避けなくてはいけないため、事業者にはそのようなことがないようにしっかりと要請していく。

・もっと沖に作れないのか

(地元サーファー)立神は湾になっているので、1.5-2kmに遮るものが出来たら波のサイズも変わってしまう。原発には反対しているし、再エネ自体に反対したいわけではないが、この場所はどうなのか。海外のように遠浅な地形ではないから、30-40kmも沖合に作るのはコスト的に現実的ではないにしても、もう少し離せるのではないか。もっと沖合なら、景観、観光、健康、漁協、波、全てがうまくいくのではないか。

(佐賀県)説明を開始したばかりで、まだ多方面に説明が必要な段階でああることから、今の時点で直ちに海域を見直すことは考えていない。今後の説明の過程で頂戴するご意見や科学的知見等を踏まえ、必要であれば見直すことになると考えている。


立神ポイント Photo: THE SURF NEWS

佐賀県は唐津市と協力して引き続き離島や漁業関係者などに説明会を行い、候補海域を最終決定する方針。候補海域が決定し、利害関係者の了承が得られると法定協議会が設置され、事業者の公募選定などが行われる。「唐津、玄海の海の未来を考える会」は、10万人を目標に来年2月頃まで署名活動を行う予定だ。

複雑な問題が絡み合う洋上風力発電にはメリットもデメリットも存在するが、突き詰めていくと私達が自然環境やエネルギーに対してどう向き合うのかという難題にぶつかる。

先の資料のように、現在日本では唐津沖以外にも、北海道~九州の日本海側や千葉沖で洋上風力が検討されている。洋上風力発電の開発によりサーフ可能な波への影響が懸念される一方で、地球温暖化による海面上昇で消滅しそうなサーフポイントが世界中に沢山あるのも事実だ。

作る/作らない、賛成/反対といった二者択一ではなく、環境への影響を抑えながらどのように温暖化対策していくかということに我々一人ひとりが向き合わなければいけない時が来ている。

洋上風力発電関連制度|経済産業省資源エネルギー庁
唐津、玄海の海の未来を考える会 署名サイト|Change.org

(THE SURF NEWS編集部)

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