サーフィン日本代表「波乗りジャパン」の選手とスタッフ陣 Photo: NAMINORI JAPAN

東京オリンピック日本代表「波乗りジャパン」活躍の裏側【スポーツ栄養士・理学療法士インタビュー】

日本代表が2つのメダルを獲得した東京オリンピック。五十嵐カノア、都筑有夢路、大原洋人、前田マヒナ。この4名が世界のトップアスリート相手に、世界で最も大きなスポーツの大会で、日本の国旗を背負って戦った。

今回はその活躍を陰で支えた日本代表「波乗りジャパン」のスタッフ達にインタビュー。普段それぞれのチームを組んで世界転戦している彼らを預かり、五輪という大舞台に送り出すという仕事を、彼らはどんな思いでしていたのか。そこには、各分野のプロフェッショナルな技術や知識はもちろん、それぞれの選手達を思う気持ちがあった。

▼目次
1. 公認スポーツ栄養士・管理栄養士
≫選手ひとりひとりにあった食事提供を
≫試合現場でいつ何を補給するか
≫オリンピックの現場
≫最終日、おにぎり2個でやり切った選手
≫スポーツ栄養士として初めて作った豚カツ
≫NSAは栄養サポートが一番進んでいる連盟

2. 理学療法士 渡邉純さん
≫身体の違和感を出来るだけ早く取り除く
≫ケアがパフォーマンス向上にも繋がる
≫選手を“預かる”立場なので多くは言及しない
≫技術力とコミュニケーション力

3. 編集後記

■公認スポーツ栄養士 松本恵さん/管理栄養士 相澤汐里さん

Photo: NAMINORI JAPAN

最初のインタビューは、公認スポーツ栄養士の松本恵さん(写真左)だ。公認スポーツ栄養士とは、管理栄養士の国家資格取得後、3年間の養成課程を経て試験に合格すると認定される。日本大学文理学部体育学科の教授でもある松本さんは、趣味のサーフィンが高じて、2018年頃から日本サーフィン連盟(NSA)の活動に携わるようになり、2021年にはNSA理事に就任。今回の東京オリンピックでは「波乗りジャパン」の活躍を栄養面から支え、日本大学の大学院生で管理栄養士の相澤汐里さん(写真右)はアシスタントとしてサポートにあたった。

「選手ひとりひとりにあった食事が提供したい」

Q. NSAでのこれまでの活動を教えてください。

A. 2018年頃から、強化合宿などでメディカルチェック、栄養レクチャーはしていましたが、代表チームに帯同したのは2019年にカリフォルニアで開催された世界ジュニアが初めてでした。その後、2021年5月のエルサルバドルでのワールドサーフィンゲームスに帯同し、今回の東京オリンピックが3度目の帯同です。

世界ジュニアの時は、選手スタッフ合わせて22名分の食事を毎食作っていました。その時は人数が多かったので給食形式でしたが、エルサルバドルの時からは「選手一人一人にあった食事の提供がしたい」と監督にお願いし、選手ひとりひとりのリクエストを聞きながら食事を作りました。例えば、カノア君が「1時間後に親子丼食べたい」と言ったら作ったり、エルサルバドルの現地はとても暑かったので素麺や冷たいものを用意したりしました。

「試合現場で何をどのタイミングで補給するか」

Q. 試合に帯同する際、食事以外でケアされることはありますか。

公認スポーツ栄養士の仕事として、食事を作ったことがクローズアップされがちですが、選手にとっては「試合の当日の現場で何を食べて、どうしたらいいのか」をマネジメントしてもらうことが重要なのです。

選手は、緊張したり、集中しすぎて食べるのを忘れることもありますし、気温差の大きな環境だったり、特にサーフィンだと急なスケジュール変更があったりもします。そのような状況下で、自分の胃腸の様子や体力と水分などのコンディションを把握して、いかに栄養を摂取するかが大事。

エルサルバドルでは試合会場の現場に入らせてもらい、ヒート直前に水分はこれくらい飲んだ方がいいとか、アイススラリーを飲んで体心部から冷やし、ヒート後にはアイシングをするなど、ヒート間の時間を計算して管理していました。それが最後の集中力や頑張り、次の日の疲れの軽減に繋がります。

エルサルバドルではヒート終了後直ぐにアイシングをした Photo: ISA / Pablo Franco

Q. オリンピックでの実施内容を教えてください。

A. オリンピックではバブル方式が採用され、選手達はホテル、会場、ジャパンハウスにしか行けなかったため、ジャパンハウスを拠点にして選手のリクエストを聞きながら毎日食事を作りました。

「ジャパンハウス」は、波乗りジャパンが選手のために会場から車で3分の場所に用意した専用拠点です。ホテルでも食事はとれますが、大事な試合の時は、普段食べなれている家庭料理の方が良いということで、選手達はジャパンハウスに来ることが多かったです。

当初の打ち合わせでは、朝夜はホテルで、昼に個人の希望にあわせた食事を作るという予定でしたが、結局大会後半は3食作っていました。私達栄養士はオリンピックの会場内に入ることができなかったので、選手達が試合会場に持っていけるおにぎりやサンドイッチも作りました。

Photo: NAMINORI JAPAN

「最終日、有夢路はおにぎり2個でやり切った。専門家が会場に入れれば出来ることはもっとある。」

Q. 五輪では会場内に入れるスタッフ数をかなり制限していたそうですね。

A. コロナ禍の影響もあり、オリンピックではJOCの規定でスタッフ3名までしか会場に入れなかったので、宗像監督、ウェイドコーチ、大野キャプテンが選手に帯同し、私達はジャパンハウスで待機していました。他の競技でも栄養士が試合会場に入れることは殆どありませんが、トレーナーが入れることはあります。

今回は私達が会場に入れなかった分、選手同士でサポートしあってくれました。洋人君は、エルサルバドルでスラリーを補給するタイミングが重要だと学んで、自分が敗戦したにも関わらず、まだ試合の残っているカノア君や有夢路ちゃんにスラリーを渡してくれていました。

ヒートから上がってきた都筑有夢路にスラリーを渡す大原洋人 Photo: THE SURF NEWS / Yasuma Miura

でも、出来れば、会場に選手と一緒に入らせてほしかったというのが本音です。最終日、有夢路ちゃんは朝に渡したおにぎり2個で夕方までやり切ったんです。おにぎりの他にも色々と渡していましたが、試合現場は時間軸が違う。まわりの監督やコーチだって集中しているので、細かな食事のことまでは気を配れないんです。

もちろん今回選手達は素晴らしい結果を残しました。それでも、もし朝から水分糖分を計画的にタイミングよく補給できていたら、理論的には集中力や体力の温存や判断力、パフォーマンスが変わってきます。心拍数や、汗のかき方、試合がどの程度伸びたのか、海水温や波のコンディション等、総合的に考えて、今補給するべきものをアドバイスできる専門家が近くにいることで出来ることはもっとあります。

「長年のスポーツ栄養士の業務のなかで初めてトンカツを作りました」

Q. 身体によくないものを選手が食べたいと言ってくることはないのでしょうか?

A. 五輪や世界選手権に出るような選手は、他競技のアスリート同様、自身の体調や食事に対する興味が高いです。それにトップ選手は必ずしも健康第一とは限らなくて、健康障害ぎりぎりのところで減量したり増量したりもするので、逆に息抜きも必要です。

有夢路ちゃんはメダルを獲ったあとメディアのインタビューで「マックのポテト食べたい」と言っていましたが、あれはオリンピックに向けてラーメンもファーストフードも食べずに整えていたことの裏返しだと思います。

今回はカノア君のリクエストで、長年のスポーツ栄養士のサポート業務の中で初めてトンカツを作りました(笑)。ただ、試合の2~3日前だったので、衣も薄くして、油も切って調整しました。基本的に食べられないものはなくて、程度の問題だと考えています。

Photo: NAMINORI JAPAN

「日本の中でも一番栄養サポートが進んでいる競技連盟」

Q. 他国と比べて日本のコンディショニング事情は?

A. ウェイドコーチが他国ともコミュニケーションとるなかで、サーフィンでは「日本が一番やっている」と言っていました。こんなに食事やコンディショニングを考えている専門のスタッフがついている国はないそうです。エルサルバドルでも、他国のチームは私が何をしているかをじっと見ていて、ドリンクやアイシングのタイミングを観察していました。今後、他国も同じようなことし始めるのではないでしょうか。

また、他競技でも栄養士が競技会場に入るのはなかなかハードルが高いというのが現状ですが、NSAは私の熱意をかってくれて現場に入れて頂きました。日本の中でも一番栄養サポートが進んでいる競技連盟かもしれません。

エルサルバドルではヒート直後に選手のケアにあたっていた Photo: ISA / Pablo Franco

Q. 試合のない期間に何かサポートをされていますか?

例えば、今回のオリンピックに向けて体重コントロールをしていた選手には、メッセージアプリなどで食事のアドバイスをしていました。

他にも、ジュニアの女子選手には月経の問題があったりするので、必要あれば婦人科の先生とも相談しながら、継続的にやりとりして栄養計算をしながらアドバイスをしています。

Q. 今後の抱負を教えてください

今後連盟やJOCには、スポーツ栄養士が五輪の役員として現場に入ってサポートできるようにお願いしたいです。他のスポーツでも前例がないのですが、サーフィン連盟から新しい一歩を踏み出したい。サーフィンは自然を相手にするスポーツなので、特に現場での臨機応変なサポートが重要で、そこにスポーツ栄養士が貢献できると思います。既にパリ五輪に向けて、数週間日本を離れても大丈夫なように大学の業務を計画的に進めています。

また、現状は他の競技連盟でも栄養士の帯同に潤沢なお金を出すのが難しく、1人で3時間しか寝ないで作ることも多くあります。もう少し人数が増えれば、できることも増えるしサポートの質も向上する。相澤さんのような若い栄養士が現場に立つ機会がもっとあれば、その分スポーツ界にも貢献できると思います。そのためにも若い栄養士への手厚いサポートが出来るようになったらいいなと思います。

Q. 最後に、一般サーファーへのアドバイスをお願いします。

A. サーファーは海上がりに運転しなきゃいけなかったり、すぐ食べられるものがなかったりと空腹を放置しがちですが、それがものすごく疲労を残します。空腹で喉も乾いたまま家に帰り、ビール飲んだり、ラーメン食べたりするのが一番身体にダメージを与えます(笑)使った糖質や水分を海から上がったら出来る限り早く補給できるように、おにぎりやサンドイッチ、栄養補助食品等を持っていくことが、疲れを残さずサーフィンを楽しみ続けるコツです。

それはトップ選手も一般サーファーも同じことで、健康でいるためにバランスよく栄養を摂取することが基本ですが、適したタイミングで適した栄養補給を行うことでパフォーマンス向上にも繋がります。

■Professional Profile
松本恵/公認スポーツ栄養士

日本大学文理学部体育学科教授。2021年より日本サーフィン連盟理事。これまで冬期スポーツや陸上・柔道・トライアスロン選手の栄養サポートに携わる。2013年より日本スポーツ栄養学会理事。2014年ソチ五輪でジャパンハウスの食事サポートを担当。2020年東京五輪では選手村のメニューアドバイザリー委員を務めた。現在、NSAのほか、日本陸上競技連盟医事委員、日本ライフセービング協会医事委員を務めている。

相澤汐里/管理栄養士
日本大学文理学部体育学科の大学院生。元陸上競技中距離選手。管理栄養士の資格を持ち、東京五輪では松本さんのアシスタントとして「波乗りジャパン」のサポートにあたった。

■理学療法士 渡邉純さん

Photo: NAMINORI JAPAN

次は、理学療法士の渡邉純さんにインタビュー。理学療法士は国家資格であり、通常病気やケガ、高齢などで運動機能が低下した人にリハビリを行うことが多いが、最近ではそうした障害を持つ場合に限らずスポーツ分野でのパフォーマンス向上などにも広がっている。これまでもサーフィン大会の公式医療スタッフや、日本代表チームの帯同スタッフとしてサポートを続けてきた渡邉さんに、オリンピックでの活動内容を聞いた。

Q. NSAでのこれまでの活動を教えてください。

A. 2018年に田原で行われた「ISAワールドサーフィンゲームス」ではオフィシャル医療スタッフとして携わっていましたが、2019年の宮崎や、2021年のエルサルバドルではNSAの日本代表チームに帯同しました。

基本的には理学療法士(Physical Therapist: PT)として選手のコンディショニングを担当しました。具体的には筋肉の張りを軽減させたり、痛い部分の処置やケアを行うなどのアプローチをします。身体のどこかに違和感があれば、それを出来る限り早い段階で取り除けるように心がけています。

「基本的には選手から依頼があれば施術。身体に違和感があれば、出来る限り早い段階で取り除きます。」

Q. オリンピックでの対応内容を教えてください。

選手の様子を見て僕から声をかけることもありましたが、基本的にはジャパンハウスに待機して、選手が来たら施術していました。

一番施術を受けに来ていたのは五十嵐選手。疲労がメインでしたが毎日来ていました。例えば、大会前半は小さい波でリッピングなどのパフォーマンスを出すために負担のかかっていた軸足の付け根のハリやだるさを取り除くようにしていました。

普段もスポンサーチームのトレーナーにやってもらうようですが、体の状況を確認して原因と思われる場所へアプローチすると「すごく気持ちいい」という言葉がぽんぽん出て来て嬉しかったですね。サーフィンの技術をとやかく言える立場ではありませんが、僕自身も中学生からサーフィンをやっているので、その経験を施術に反映できるというのはあります。

試合後も、休みなしにメディアのインタビューで都内を駆け回っていたので、日本を出る前に一度こちらから声かけて施術しました。

そして一番ヒヤリとしたことは、大原選手が練習中テトラポットで足を滑らせ擦り傷を負ったことですね。エルサルバドルでも階段から足を滑らせて、その後ファイナルラウンドまでずっとテーピングで処置していたので少し焦りましたが、今回は幸い軽症だったので全く問題はありませんでした。

「選手本人が大きな問題と感じていなくてもケアすることでパフォーマンス向上に繋がることもあります。」

Q. 五輪では会場入りが難しかったそうですね。

オリンピックの会場だとアスリートラウンジという立派な施設もあるので、当初はそこでヒートとヒートの合間に選手をケアすることもイメージしていました。でも結局中に入れず、選手がジャパンハウスに帰ってこないと何もできなかったのでもどかしさはありました。

理学療法士は身体の調子が悪い時に頼られる立場ですが、選手本人が大きな問題と感じていない場合でもケアすることで更なるパフォーマンス向上に繋がることがあります。

Q. 他国の理学療法サービス事情はどうでしょうか?

ISA田原の時はオフィシャル医療スタッフとして携わっていましたが、南米の選手など比較的医療過疎の国の選手は積極的に理学療法士によるケアを活用していた印象があります。他国から学ぶこともあれば「こうすればいいのに」と思うこともあります。マイナー国などは五輪でも医療スタッフが付いていないチームもあったはずです。

しかし、アメリカ、ブラジルなどのトップ国は理学療法士のような専属スタッフが必ずいて、例えば宮崎ではフィリッペ・トレドが腰を痛めて棄権した時も直ぐにトレーナーがケアしていましたし、ケリー・スレーターにも専属スタッフがついていました。

ジャパンハウスでの施術の様子 Photo: NAMINORI JAPAN

「選手を“預かる”立場なので多くは言及しない。でも別れる時は何かあったら連絡しなよと伝えます。」

Q. 普段選手はそれぞれのコーチやトレーナーを抱えるなかで気を配っていることはありますか。

彼らプロにはそれぞれ専属のトレーナーなどがいるので多くは言及しません。選手達を預かっている大会の期間中に、彼らのコンディションどう整え、持てる力を最大限に発揮できるかに専念しています。

トップ選手になると、様々な専属スタッフが付いていて、それぞれの立場からアドバイスが来ることで戸惑うことも多いようです。だから僕は各選手専属のスタッフなどを尊重しながら、僕のもつ知識や経験が選手に活かせることがあればと思い、試合の後別れる時には「何かあったら連絡しなよ」と全員に伝えています。

Q. 施術時の技術力ももちろんですが、選手とどのような関係性を作れるかも重要そうですね。

A. 選手とは常にどういうコミュニケーションをしたらよいかを気にするようにしています。コンディションが整っているから施術の必要がないという場合は良いんですが、これまでケアしてくれる人がいなかった選手はなかなか「見て欲しい」と言い出せなかったりもするので。

宮崎では大原選手に一度も施術しなかったのですが、エルサルバドルでは彼が一番来てくれました。エルサルバドルからの帰国後、2週間の隔離をした際も大原選手と前田選手と一緒に過ごして更にコミュニケーションが取れました。その時から、五輪が始まる前にもう一度彼の様子を見たいと思っていたので、五輪の会場入りして彼が来てくれた時はほっとしましたね。

Q. 最後に、一般サーファーへのアドバイスをお願いします。

サーフィンをしている時間のほぼ半分くらいは、パドリングをしているといわれています。当然肩周囲の筋肉を中心に使っていますが、パドリングは胸を張ることから首から腰まわりへの負担がかかっていることが多いです。これは、一般サーファーでもプロサーファーでも同じことが言えます。ジムやフィトネスクラブ、ご自宅などでトレーニングをされている方も多いと思います。筋肉をつけることも大切ですが、できるだけ柔軟性を高めるトレーニングを中心に行うことが首から腰への負担をへらすためには望ましいと思います。

また海に入る前後にしっかりとストレッチや準備体操を行うことや、特に海水温が低いときには海から上がったあと十分な保温をすぐに行うことである程度体への負担を軽減させることができます。それでも、違和感や痛みが続く場合は専門家に見てもらうのもよいかもしれません。

■Professional Profile
渡邉純

清泉クリニック整形外科 東京五反田、荻窪 専門理学療法士。日本オリンピック委員会強化スタッフ(医・科学スタッフ)。国際医療福祉大学大学院 修士。普段は整形外科に勤務する傍ら、日本国内のサーフィン大会の医療チームにも従事。2019年より日本サーフィン連盟の代表チームに帯同している。

編集後記

波乗りジャパンのチームメイト達は、終始互いを応援しあうよい雰囲気だったと周囲のスタッフは口々に話す。ただでさえ五輪というプレッシャーがあるなか、ライバルでもある選手達と共に過ごすのは大きなストレスにもなり得るはずだが、選手達は宿泊ホテルからジャパンハウスに頻繁に来ていたという。

ジャパンハウスで過ごした別のスタッフ談では、「松本さんはジャパンハウスでムードメーカー的な存在。特に女子選手にとっては代表チームに女性スタッフが入ったことも大きかったはず。渡邉さんも“思い切ってパフォーマンスして何かあったら純さんいるから”と選手達に安心感を与える存在だった」と話す。

大会終了後の最終ミーティングで思わず号泣したという松本さん。「選手がスタッフ一人ひとりに感謝してくれて。これまで色んなスポーツのサポートをしてきたけど、こんなことは初めてで感動してしまいました。」と照れながら語った。

どうしてもカメラやマイクはメダルを獲った選手に向かってしまうが、そのメダルの陰にはこれまで共に戦ってきた波乗りジャパンのメンバーや、家族、友達、スポンサー、ファンの応援など沢山の支えがある。そして五輪期間中、選手達を一番近くで見守っていた波乗りジャパンスタッフ達のサポートもまた並々ならぬものがある。監督、コーチ、キャプテンや今回インタビューに応えてくれた3名の他にも、選手のライディングチェックのため毎日シャッターを切り続けたカメラマン、スケジュール管理や選手送迎に奔走したスタッフもいた。

銀メダルを獲得した五十嵐カノアは、「サーフィンは個人スポーツでメダルを持っているのは僕だけど、これはチームワークだった。」と五輪終了後、SNSに投稿した。その言葉通り、多くの人の途方もない献身が波乗りジャパン勢の活躍を支えていた。

(THE SURF NEWS編集部)

大野修聖キャプテンから自身のサーフボードについてアドバイスをもらう渡邉さん Photo: NAMINORI JAPAN
海上がりのリカバリーのためにコンディショニングゼリーを選手と共にトライする大野キャプテン Photo: NAMINORI JAPAN
 慌ただしく進行した最終日。選手のスケジュール管理も欠かせない。 Photo: NAMINORI JAPAN
(左から)都筑有夢路、宗像監督、ウェイドコーチ、大野キャプテン、大原洋人 Photo: NAMINORI JAPAN
 涙の最終ミーティング終了後 Photo: NAMINORI JAPAN

▼東京オリンピック サーフィン競技特設サイト【試合結果・フォトライブラリ】
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