https://www.surfparkcentral.com/dirk-ziffs-speech-wsl-owner/ ある男性が、ケリーの紹介でSIMAのステージに登壇した

『WSL』の影の立役者は聖人かそれとも… ある男性が、ケリーの紹介でSIMAのステージに登壇した

シリーズ「サーフィン新世紀」20

サーフィンの世界チャンプを決める組織と、ニューヨークのビジネス界を結ぶ点と線


アメリカには、その年に活躍したウォーターマンとウォーターウーマンを表彰するアワードがある。主催はSIMAというアメリカのサーフィン業界団体で、昨年は、あのカイ・レニーとダイアナ・コーエンという女性が受賞した。

カイ・レニーについての説明はここで必要ないかもしれない、ビッグウェーブサーフィンからフォイルボード、そしてウィンドサーフィンと彼のマルチな活躍は、そのアワードの申し子ともいえる。もう1人の受賞者、ダイアナ・コーエンという女性は環境活動家で『Plastic Pollution Coalition』という非営利団体を立ち上げ、海の浄化やその啓蒙運動を行なっているという。

さて一昨年の2018年に、ある夫婦がこのアワードに選ばれた。ディーク・ジフとナターシャ・ジフという2人だ。彼らはノースショアのライフガードでは無い、ピアヒチャレンジに出場したわけでもない、ホクレア号のスターナビゲーターでも無く、海の環境汚染のスペシャリストでもない。

アメリカのサーフィン業界の関係者でさえも、彼らの名を知る人は少なかったと思う。むしろニューヨークの経済界に詳しい人のほうが、このジフという名を知っているはず。というのも、ディーク・ジフ氏は、ニューヨーク出身の大富豪なのである。

ディーク・ジフ氏は、1965年生まれ。コロンビア大学でBAを、ハーバード大学でMBAを修め、卒業後にアメリカメディア界の実力者だった父親から遺産を受け継ぎ、それを基に兄弟と3人で投資会社を設立し成功を収めた。現在の純資産だけで約50億ドル(5,500億円)という余裕のビリオネアだ。
ちなみに奥方のナターシャ氏はフォーブス誌の元記者というから、彼女のキャリアも相当なものだと思われる。現在彼らは、2人の子供とフロリダのノースパームビーチに住んでいる。

彼らの写真から察すると、サーフィンというより、むしろナパバレーかどこかのワイナリーでピノ・ノワールのテイスティングでもしている方が似合いそうな2人に見える。

海のスペシャリストには見えないジフ夫妻に、SIMAがなぜアワードを授けたのかというと、じつは彼らが、WSLの実質的なオーナーで、これまで7年間も名前を伏せてこのプロ組織を影で援助(もしくは投資)してきたからだ。おそらく受賞式の会場で彼らを初めて知ったという人も多かったかもしれない。

この賞をいただき光栄に感じます。でも正直な気持ちは戸惑っています。(中略) 名を公にすることは私たちの主旨ではありません。しかしサーフィンは私たち夫婦に生きる力を与えてくれます。

ディーク・ジフ、SIMAウォーターマンアワード受賞スピーチから抜粋
https://www.shop-eat-surf.com/2018/08/dirk-ziff-discusses-joys-and-challenges-of-professional-surfing-and-takes-on-wsl-haters/
オーナー、ディークとナターシャ・ジフ夫妻。ケリーの引き寄せの磁力に彼らの波長が合ったのかもしれない

さて彼らの受賞のニュースを知ってから、筆者はある記事を思い出した。それはサーファーズジャーナル 日本版27-3の「混沌としたリザルト」といういわば暴露記事だ。そこには、ASPがとつぜんWSLと名称を変え、ゾシーという謎のメディアカンパニーがWSLを運営することになり、ケリー・スレーターの元マネージャー、テリー・ハーディーと、クイックシルバーのポール・スピーカーが、その舵取り役となり、そしてニューヨークで初めてのCT戦(史上最高の賞金額)が開催され、続いてあのウェーブプールが発表された。そのプールをWSLが買収し、CTの一戦として組み込まれた等々。その記事はまるでWSLとケリーの癒着を匂わせるような内容の記事だった。

じつは筆者が記事の翻訳を担当したのでよく覚えているのだが、プールの買収の件を知ったときには、あのウェーブールの開発にケリーが自費を100%投じたのだろうか、という疑問が心に残っていた。おそらくどこかのベンチャー企業か何かが資金援助しているのかもしれない、と思ってはいたが、それがジフ夫妻だったのだ。しかも、ジフ氏がWSLのオーナーとなったのが2013年と聞いて、その記事に書かれていた点と線が筆者の頭の中で一つに結ばれた。

ここにいる皆さん全員がサーフィンの持つパワーを理解していると思います。これはスポーツであり、ライフスタイル、安らぎの場所、聖域そして理想です。

ナターシャ・ジフ SIMAウォーターウイメンアワード受賞スピーチから抜粋

そもそもWSLは、その前身であったIPSのときには創立者のフレッド・ヘミングス氏が私費を投じて運営されていた。それを関係者の造反によってASPへとフルモデルチェンジし、サーフィン業界が運営した。ブームで景気が良いときはそれで回るが、構造的な不況をまともに受けたサーフィン業界にはWSLを維持するのも大変な状況に陥ってしまっていた。そんな頃にジフ夫妻とWSLとの間に何かしらの接点があったのだろうと推察される。

ビジネスの視点から考えれば、WSLの買収はまさにM&A(合併と買収)だ。サーフィンに投資を行って、もしメジャースポーツに成長し WSLがサッカーのFIAやテニスのIWFのような存在となれば、そのリターンは計り知れない。その成長の大きな妨げとなっていた「良い波」を増やすため、ケリーが夢見ていたウェーブプールの開発に彼らが手を差し伸べたのだろう。

では、投資家として敏腕を振るうジフ氏が、ビジネスマンとしてサーフィンを我が物にしようと企んでいるかと思うとそれは早計だ。彼とその妻ナターシャから、サーフィンに対する理解と愛情が感じられるからだ。SIMAの受賞スピーチでも、ナターシャがサーフィンを経験してから、彼女自身がストレスを抱え、FOMO(極度な疎外感を抱く現代病の一種)を自覚したと語った。2人共にWSLの試合を数多く話題に挙げ、優勝した選手たちに賛辞を贈り、サーフコンテストのファンであることを聴衆に示していた。プロサーフィンが、長いスパンでメジャースポーツと成るようにバックアップしたいと取り組む姿勢がうかがえる。

今年の東京オリンピックと4年後のパリオリンピック、そして8年後となるロサンゼルスオリンピックを経てプロサーフィンの世界がどう変わっていくか、さらにWSLの世界戦と、それらの重要な局面で、彼らが次の一手をどう打つかに注目が集まりそうだ。

(李リョウ)

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