Photo Courtesy of JAPAN HOUSE Los Angeles

「王者らしく逆境に立ち向かう」五十嵐カノアがオンライントークイベントに参加

東京五輪の出場枠を獲得している五十嵐カノアが、ジャパン・ハウス ロサンゼルス、在ロサンゼルス日本国総領事館、南カリフォルニア日米協会が共同開催した「オリンピック・アスリート・ウェビナー」に登壇。

今回は「Facing Setbacks Like a Champion(王者らしく逆境に立ち向かう)」をテーマに、カノアの他、東京五輪の柔道男子日本代表ウルフ・アロンと、スピードスケート3大会連続メダリストで2013年に現役引退した日系2世のアポロ・アントン・オーノの3名が参加した。

Olympic Athletes' Webinar Facing Setbacks Like a Champion
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2019年のバリでCT初優勝を成し遂げ、世界ランク6位でシーズンを終えたカノア。オリンピックも控えた2020年は、彼の人生の中でもとても重要な年になると信じていたなかで発表された五輪延期とCT中止。突然パフォーマンスの場を奪われたカノアは、どのような思いで今年を過ごしたのか。

愛する家族や友人、価値観の変化、これまでの挫折、モチベーションの保ち方、5年後の姿、環境問題などを語り、すでに現役生活を終えているアポロからのアドバイスもじっくり聞くことができる1時間強の貴重な映像だ。カノアのインタビュー部分を抜粋して紹介する。


「2020年は重要な1年になると信じていたから、予定が狂って、受け入れるのは大変だった」

Q. コロナは個人的にどう影響した?アスリートとして難しい1年だったのでは?

プロとしても個人としても大きな影響があったけど、アスリートとして全ての出来事には理由があると信じる必要があるように思えたよ。

覚えているのは、2020年1月の最初の週に1年のスケジュールを見通して、今年はオリンピックもあるし、前年をCT6位で終えて、2020年は僕のための1年でとても大きな1年になると思っていた。だから、自分ではどうにもできないことによって自分の目標や予定が狂うとは思っていなかったし、それを受け入れるのはものすごく大変だった。

だけど、より調整の時間ができたと思って、いつノーマルな生活が戻ってきてもいいようにトレーニングを重ねてきたから、今はいつになく良い状態だよ。家族との時間も持てたし、これまで10年突っ走ってきたから、ちょっとした一息にもなった。

「これまではトロフィーや勝利のためにサーフィンをしていたけど、本当は家族の笑顔が見たくてしていると気づいた」

Q. 何をしてモチベーションを上げている?座右の銘は?インスピレーションの素は?

このコロナ禍では本当に「何が自分のモチベーションなのか」を深く考えたよ。自分の場合、以前ではトロフィーとか勝利とかベストを尽くすことだけを考えていたけど、試合がなくなってそのモチベーションが満たせなくなったときに、自分の原動力は実は家族で、家族のためにサーフィンをしているんだ、と気がついたんだ。

両親が自分のために犠牲も払いながら、ひとりの人間そしてプロサーファーとして今自分が立てている場所に導いてくれたと感謝している。毎朝4:30に起きてジムに行ったり旅先で波を探したり、これまでは沢山のことをルーチンのようにこなしてきたけど、サーフィンをする理由を深堀りできたんだ。

自分にエネルギーをくれる家族や親しい友達に、僕のことを誇りに思ってもらいたいからサーフィンをする。僕が成功して、彼らを笑顔にして、一緒に喜びを分かち合うこと以上に幸せなことはない。自分のことを本当に理解するためのいい時間だったし、自分を変えたかもしれない。

「もちろんサーフィンを辞めたいと思ったこともある。でも、自分はそこにいるべき人間で、もっと練習するしかないんだって気づいたんだ」

Q. サーフィンを辞めたいと思ったことは?それはどうやって乗り越えた?

もちろんそんな時はあったよ。全てのアスリートが通る道じゃないかな。怪我だったり、求めている結果が得られなかったり、良い時と悪い時、誰もが浮き沈みを経験するよね。

自分の場合は4年前、まだ10代でジュニアリーグからプロリーグに入ったばかりの時に、これまでアマチュアで連戦連勝してきてこれからもそれが続くのかなと思っていたけど、現実はそうではなかった。

自分よりもっと年上で経験がある大きな相手に負けて打ちのめされて。サーフィンは好きだけど向いてない、世界レベルじゃない、両親と友達を失望させてるんじゃないかと思った。世界中の人が観ていて、時差があって夜中でもアクセスしてくれる人達がいて、それなのに良いパフォーマンスが見せられなくて、どんどん眠ることができなくなった。まだ16、17、18くらいだったけど、キャリアのピークはもう過ぎたんじゃないかって。

でもある時ふと気がついた。自分はプロリーグにいて、そこにいるべき人間で、もっともっと練習するしかないんだって。思い返せば、そのプロセスを通過したことにとても感謝しているよ。

「プレッシャーは封じ込めるのではなく、利用して力に変える。」

Q. オリンピックのようなイベントに対してのフィジカルとメンタルの準備について教えて。オリンピックがあることでルーチンは変わった?

そうだね、ちょうどいいタイミングの質問かもしれない。なぜなら、この12ヶ月間で本当に自分のことを学んだから。プロサーファーになってからは、ルーチンはほぼ変わらなくて、85%の時間は海かジムでトレーニングを積んでいる。

そして成長していく過程で、トップアスリートや影響力のある人たちはフィジカルだけじゃなくて本当にうまくメンタルをコントロールしていることを学んで、ここ数年はスポーツ心理学の専門家と一緒に動くようになった。

それはとても大きな影響があって、人間として、息子として、友達として、兄として、そしてもちろんトップサーファーとして、なりたい自分がわかった。ジムや海でどれだけ入念に準備しても、大きな大会では緊張などでベストの状態からはずれてしまうことがあったけど、メンタル強化トレーニングのおかげで、自分の流れを守って集中して自分ができるベストを尽くす、ということに役立っていると思う。本もよく読むようになったし、メンターと過ごす時間も増えた。

自分にとっては、実際の会場やオンラインで視聴している、何百万何千万という観客の前でパフォーマンスをすることは精神的に間違いなく大きなチャレンジで。それだけの人が観ていると知っているし、批判もある。

自分の脳をコントロールして、プレッシャーを封じ込めようとすると逆に押しつぶされてしまう。重要なことはプレッシャーを(無視するのではなく)感じながらその中で良いパフォーマンスが発揮できるようにすること。プレッシャーを逆に力にかえられれば、それが成功につながるんだ。

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Q. 5年後の姿は?どんな自分になっていたい?

5年…遠い未来だね(笑)絶対的に言えるのは、まずはこのパンデミックに自分だけでなく皆で一緒に戦って打ち勝ったんだ、と言っていたい。日本、アメリカ、サーフィンという新競技、そして家族の代表として胸を張ってオリンピックに出場できていること。

そしてサーフィンを可能にしてくれている地球に対しても恩返しがしたい。海に対する環境破壊は今もひどいし、ビーチに行ってもたくさんのプラスチックごみが落ちている。自分たちそれぞれが1%でも変えれば大きな違いを生み出せる。みんなの遊び場所、みんなの海、そして自分のオフィスでもあるけど、プラスチックを減らすことは大きな目標。去るときは来たときより良い場所にしたい。

「ようやく“ツアーにふさわしい”というレベルから“いつ退いてもいい”というレベルまで来た」

Q. 経験が少ないアスリートへのアドバイスは?幼くして競技を始めたとき、年上の経験者達のなかでどうやって乗り越えた?

正直に言うと、多くのときは自分に嘘をついていたかも。例えばCTに初参戦した17歳の時、確か最初のラウンドの相手がケリー・スレーターで。彼はすでに自分の倍以上の年齢で、11回も優勝しているのに、自分は未経験な子供のルーキー。その時は自分に対して「人生経験17年、大丈夫、何とかなる」って言い聞かせたよ(笑)。思い返せば自分の気分を良くするために嘘をついてただけで、きっと自分で自分のことを信じられていなかったと思う。その時は結局負けちゃって、後からツアーで少しずつ成長していったんだ。

自分は文字通り世間の目にさらされて育ったようなもの。トレーニングの様子や反抗期も知られているし、一挙一動も誇張して注目されて、ある意味それが自分を強くしたとも言える。

でも自分はただ、一番強い、ベストなアスリートになりたいんだ。最終的には結果が大事。人々も数字しか見ていないし言い訳はしない。自分のゴールや準備に自分が責任を持って取り組んで、結果を出すだけ。でもその域に到達するまでには長い道のり、時間がかかった気がする。

精神的にも成熟して、CTツアー参戦5年目でようやくフィットしている気がする。ようやく「ツアーにふさわしい」というレベルから「いつ退いてもいいかな」というレベルまで来た。子供のときからずっと欲しかった感覚かも。ようやくケリーとも対等に向かい合える気がする。

「自分を奮い立たせるためにはとにかく簡単でシンプルな目標に集中すること」

Q. モチベーションについて…長いキャリアの中である日ふと疲れていたり燃え尽きを感じる時はどうやって自分を奮い立たせる?

人それぞれだと思うけど、僕の場合はとにかく目標に集中すること。明確な目標を持つことが一番のモチベーションになっている思う。簡単でシンプルで、目の前にあって毎日リマインドできるようなもの。

ツアーに参戦した当時、自分の体重は63〜65kgくらいだったけど、70kgまで増やすのが目標で。栄養士とも一緒に毎日その目標数字に向かってワークアウトして体重を測って、とてもゆっくりだけど先に進んでいることが目に見える。毎日少しでもより良くなっている、目標に近づいているとわかると、毎朝起きてジムに向かう気になる。そういうシンプルなこと。

もうひとつ、今年始めたことがあって。オリンピックの延期や大会の中止でいわゆる大きな目標は明らかに遠くなり、モチベーションを保つのは確かに難しかった。通常は6ヶ月先、4ヶ月先に試合があるとわかっていて、そこから逆算して今その時に何をすべきかがわかるのだけど、日々のペースをつかむのがちょっと難しかった。
なので、自分が何をしたかと言うと、2つの瓶を用意した。ひとつは空で、ひとつはマーブルでいっぱいにして。毎回ジムに行ったりサーフィンして戻って来たら、マーブルをひとつ移動させる。可視化することによってちょっとした満足を得られるし、マーブルを移動させたくなる。ちょうど満杯になってまた新しく始めたところだけど、うまくいっているよ。

「夢見た勝利を掴んだ瞬間に思ったのは、家族や親友、トレーナーが幸せかどうかということだった」

Q. サーフィンで学んだ一番のレッスンとは?

普通の回答じゃないかもしれないけど「サーフィンがすべてではない」ということかな。サーフィンをすればするほど、サーフィンは自分の人生そのものだけど、どれだけ家族や周囲の親しい人たちや自分の信念が大事であるかを感じているんだ。

去年初めてツアー大会で勝利した時、6歳に初めて試合で戦い始めた頃からずっと夢見てきた勝利をついにつかんだ時に、キャリア最大で最高の瞬間、幸せ絶頂の中で一番に思ったのは、両親がどう感じているのか、両親や弟、親友、トレーナーがどんな顔をしているのか、リアクション、幸せかどうか、それが知りたかったんだ。

突然、それまで気にしていた試合や自身の状態のことはどこかへ行って、自分の大切な人たちのこと以外を考えられなかった。ああ、これが愛なんだ、試合の結果より強く感じられるものなんだ、と気づいた。自分でも不思議なんだけど。おそらく自分の成長とともに、そういった自分が愛する人たちに囲まれることの良さに気づいていったと思う。

勝利の翌日にビーチへ戻った時のことを覚えているんだけど、本当にたくさんのごみが落ちていて、その時もキャリア最高の瞬間に今自分が考えているのは地球の環境保護についてなんだって。もしかしたらそういうことが勝利に結びついたのかもしれないと思った。友人たちとビーチクリーンアップをして、サーフィン以外への愛や興味も大切なのかなと。

もちろん、サーフィンが今自分が持っているすべてを与えてくれたし、家族と世界を旅したり、今こうして一緒にハワイでビーチで泳いだり、夢のような生活だよ。だから、サーフィンから多くのことを学んだし、まだ先があると思っているし、もっと経験して学んでいく途中だと思っている。


なお、プログラムの後半には、既に現役引退しているアポロ・オーノから、現役の二人に対してアスリートのセカンドキャリアに関するアドバイスもあった。

「今は引退後のことなんて一切考えられないだろうけど、競技としてはいつか終わりが来る。だけど、今トップアスリートとして発揮している能力は、そのまま他の分野でも応用できるということを伝えたいかな。カノアの場合、スポーツ心理学、海への愛、ベストを尽くして能力を最大限発揮するということは、今後のキャリアパスできっと使える。これまでと違う方向へサーフィンするだけ。もちろん今ではなく引退後でいいと思うけど、興味がある分野があれば探求したり準備しておくのはいいこと。」

弱冠23歳ながら日々多くのプレッシャーと戦い、新たな世界に挑み続けるカノアの姿勢は、ファンや同世代のみならずこの多難な時代を生き抜く多くの人々の指針になるだろう。

(THE SURF NEWS編集部)

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