今やフリーサーファーの代名詞・ロブとデーンと、今もなお現役コンペサーファーのケリー(2010年)Photo: snowy

「フリーサーファーやソウルサーファーが何故消えたか」- F+

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あけましておめでとうございます……と言うには遅いか。
まぁ、いつものようにそうこうしているうちに1月が終わるわけだね。
ふつうなら12月1月ぐらいはクオリファイがどうこう、みたいな感じで盛り上がるわけだし、そういうインフォメーションも届いてはいるけど、なんかなぁ、新しいCT選手です、みたいなメールもらっても気にならないというか……
やはりどうしてもトップ5だけにチャンスとか、トップ22だけで後半、みたいなシステムになっちゃうと、結局前半終わってどうなの? あたりをわかっておけばいいかな、みたいになっちゃう。昨シーズンのモーガン・シビリックみたいなラッキールーキーが出てくる確率はとても低いし、演出とかでないかぎり、ルーキーでいきなりトップ5って、そうそうないかなぁ、と思う。ケリーとかステファニー・ギルモアみたいなルーキーイヤーでワールドタイトルってのもないわけじゃないけど、それは10年にひとりレベルの逸材の出来事なので、ここ数年はそれが出てきた感はない。

WSL Finalsに出場したモーガン・シビリック Photo: © WSL/Nolan

なんか見ていると演出全開臭プンプンではあるし、プロレス的なスポーツ興行になっていきそうな感じはするし、個人的には確実に興味を失いつつある。
ハワイではバックドアシュートアウトが行われていて、今月末から2022シーズン第1戦のパイプがスタートする。ノースはそこらじゅうでオミクロンクラスターらしいけど、どうなんでしょうね。

●質問
昔一世を風靡したトリップサーファー、フリーサーファー、ソウルサーファーはどうして消えたんでしょう? 

という質問を複数人から受けていますが、それではお金にならないので、ビッグウエイバーになったか消えたというのがひと時代前までの答えで、現状ではDVDも時代も終わったので、ユーチューブに移住して生き残っている、となるのでしょうか。

コンペサーファーに対してのフリーサーファー的位置がもてはやされた一つの理由には、先のコラムでも触れたコンテストサーフィンとフリーサーフィンの差が大きな理由だと思う。コンテストサーフィンはつまらない、フリーサーフィンは面白い、という時代は確実にあって、その辺でいい波ですごいフリーサーフを見せる、というサーファーたちの存在価値が高かったのは事実だ。ツアーではニュースクールが台頭してきたあたりだろうか。90年代序盤。その当時のツアーサーファーたちはトリップに行く時間どころか、家でゆっくり過ごす時間すらないようなハードスケジュールだったので、フリーサーファーとの両立はできなかった。

でも、当時ツアーにいたニュースクーラーたちは、「俺たちに時間があって自由にトリップに行けるなら、もっともっとすごいサーフィンを見せられるんだ。でも試合があるからしょうがない」と言っていた。
実際同じ条件でサーフィンさせたらどちらがレベルが上なのかは明確だったように思う。まぁ、そういうこともあって、試合をなるべくフリーサーフィンに近づけるという改革があり、成功し、試合でもエキサイティングなサーフィンが見られるようになってくると、フリーサーファーたちは淘汰されていった。

ティム・カラン(2004年)Photo: snowy

エアーに特化したサーファーがいる時代もあって、エアーショーのツアーもあったけど、そちらは2004年、CT選手だけのベスト・ダム・エアーショー(優勝はティム・カラン)をトラッスルズでやり、確かジャッジがエアーショーツアーの選手だったけど、CT選手たちのエアーのレベルの高さに完全脱帽で、その後エアーショーは衰退していった。

つまり、大きな視点で見れば、トリップサーファーはツアーの会場がサーフトリップの行先のようないい波の会場になったことでツアーに呑み込まれ、フリーサーファーは試合でのサーフィンがフリーサーフィンに近いものになったことでツアーに呑み込まれ、残るのはソウルサーファーなわけだけど、この、ソウルサーファーという名称の定義がけっこうあいまいで、ある意味サーフィンが生活の一部とか、好きだとか、個々の自己申告で真の意味でのソウルサーファーは名乗れるんだと思う。だから一般サーファーの中にもソウルサーファーはたくさんいると思う。
ただ、その中でも例えばロブ・マチャドのようにインフルエンサー的な、グル的な影響力を持つものだけをさすとしたら、それがどうして消えたかは、サーフィンがスポーツとして歩き始めるために、文化やカルチャー、ライフスタイルという要素を切り捨ててきた結果だと思う。

パイポイントがすべてのスポーツサーフィンの中では、スタイル、ファッション、雰囲気、他者との差別化は問われない。ポイントでの勝ち負けに大金が投じられ、現状のツアーがある。まぁ、毎回同じ結論になってしまうけど、2021年までの40年ぐらいの流れはコンペ至上の時代だった。しかしこの先はわからない。
今や誰もがビデオグラファーであり編集長であり、メディアマンだ。マスメディアの発信に個人がついていく時代ではなく、個人から発信されたものを拾って紹介するような形になり下がったのが今のメディアだと思う。そこにオリジナルな主張や見解はない。だから消えていくことにはなんの疑問も不思議もないし、それが将来的にシーンにどう影響するのかはわからない。

F+編集長つのだゆき

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