伝説の『エンドレスサマー』に隠されていた秘話(サーフトリップのすすめ)

サーフトリップのアイコン的映画

映画『エンドレスサマー』は1964年に発表されたアイコン的作品で、サーフィン映画として劇場で一般に公開され、商業的にも大成功した。監督はブルース・ブラウン、主演はマイク・ヒンソンとロバート・オーガスト。この映画のメインテーマは、「二人のサーファーがパーフェクトウェイブを求めて地球を旅する」というものだ。

夏を追いかけて地球を一周するから季節が変わらない。だから「終わらない夏=エンドレスサマー」となったというが、真偽は定かでない。日本では「終わりなき夏」と訳されてロマンチックなニュアンスを感じた人も多かった。しかしアメリカでは「夏が終わらないの?」との印象があったようだが、キャッチーな題名と、一度見たら忘れない、あのド派手なポスターのデザインも観客動員の相乗効果となった。さらに「波を求めて世界一周」というテーマが、一般の人にもわかりやすく受け入れられたという理由もある。この成功で「誰が観ても楽しめる映画」というブルース・ブラウンの映画製作スタイルが確立されたといえるだろう。

John Van Hamersveld-designed poster

サーファーのバイブル

さて、この映画の特異な点は、アメリカのサーファーの心に深く根ざす作品となったことだ。いわば「サーファーのバイブル」のような存在として、この映画を観ることがサーファーとしての通過儀礼となり、世代を超えて影響を与え続けてきた。なぜ、それほどまでにサーファーに支持されてきたのか、それは「サーフトリップ」という概念がこの映画で誕生したからだ。

「サーフトリップ:波をさがす旅」は当時としては斬新なアイデアだった。ブルース・ブラウンはそのテーマをこの映画でみごとに描ききった。時代が変わっても「波をさがす」というサーフィンの本質は変わらないから、そこをテーマにしたこの映画はサーファーの心を捕らえ、若い世代にも支持されていくことになった。さて、波をさがす旅に出た主演の二人は、最果ての南アフリカでついにパーフェクトウェイブと出会う。そこがセント・フランシス岬だ。

“Mike Hynson 1963 Cape St.Francis” written by Kimball Taylor. Photo by Brown. Surfer Ang 2013.Cover Tom Curren photo by Tom Servais 2013年8月号のサーファー誌に掲載された記事とカバー

あの波を発見したのは誰?

さて、ここから本題、この映画にはこれまで語られてこなかった製作秘話が存在する。米サーファー誌の2013年8月号にそのことが記事となった。それはセント・フランシス岬で起きたある出来事だ。ありていには人間模様が導火線となったが、結果としては、サーフトリップの持つミステリアスなテイストも加味されてたいへん興味深い。今回はその記事を要約し、解説を加えてご紹介しようと思う。原題は“Mike Hynson 1963 Cape St.Francis” by Kimball Taylor

当時、ブルース・ブラウンは次作の映画のテーマとして世界一周の構想をねっていた。その資金を工面するために、彼は主演の椅子を2つ用意し、ある条件をつけてカリフォルニアのトップサーファーたちへオファーをしていた。その条件とは、航空券を各自が負担するというものだった。そこで手を上げたのが高校を卒業したばかりのロバート・オーガストと、すでにサーファーとして売り出し中だったマイク・ヒンソン。資金集めのためにロバートは車を売り、残りは借金をした。マイクは借金だけでなく危ないことにも手を出して金を作った。と記事には書いてある。(ベトナム戦争の徴兵からも逃れていた)

スピリチュアルなセンスのあるマイクは、パーフェクトウェイブとの出会いは単なる偶然ではないという信念を持っていた。さらにブルースのこの企画に何かがきっと起こるという予感もあったのだろう、パーフェクトウェーブの発見は、サーファーにとって輝かしい功績になるという確信もあった。だからどうしても撮影に参加したいという熱望をマイクは抱いていた。そうこうしているうちに、3人は、かき集めた製作資金を手にしてロサンジェルス空港から「波をさがす旅」に出る。この映画をじっさいにご覧いただければ、彼らが訪れた旅先の内容が詳しくわかるが、この記事ではアフリカに着いてからのことが書かれてある。

3人はアフリカでテレンスという冒険好きの男と出会い、彼の車でケープタウンからダーバンを目指すことになった。その道すがらで、セント・フランシス岬の藁葺き小屋に宿泊する。早朝、マイクが目を覚ますと小屋の前で小さな波がブレイクしていた。だがマイクは小さすぎて興味が湧かなかった。しかし、遠い岬で、潮が引けば良い波がブレイクしそうだという目星をつけていた。すでにこの時点でマイクは、ブルースとロバートにフラストレーションを感じていた。その理由は定かにされていないが、ブルースの指示に素直に従う新米のロバート・オーガストと、意見を主張するマイク・ヒンソンという関係性から、しだいにマイクが孤立していったのだろうと推察する。

左からロバート・オーガスト、マイク・ヒンソン、ブルース・ブラウン Encyclopedia of surfing: EOS.com

その出会いは偶然か必然か

やがてブルースたちが目を覚まし、小屋の前の小さな波で撮影を始める。マイクは遠くの岬で良い波がブレイクしそうなことをブルースに提案するが却下され、嫌味なことも言われたらしい。(マイクがそう受け止めてしまったのかもしれない。)怒ったマイクは撮影に参加せず、一人でその遠くの岬へとボードを持って徒歩で向かう。するとタイミングを合わせたかのように潮が引き出して、マイクの目の前にパーフェクトウェイブが出現した。その夢のような波を目の当たりにして、マイクは感激のあまり声を上げて笑いそして泣き叫んだ。岬の最初の波にマイクが乗るのを見て、ブルースたちも大急ぎで岬へと駆けつけた。そして映画エンドレスサマーの、クライマックスとなった伝説のセッションが始まった…。

この記事によればセント・フランシス岬のパーフェクトウェイブを発見したのはマイク・ヒンソンで、そのヴァージンウェイブをサーフしたのも彼だ。マイクの提案を退けたばかりにブルース・ブラウンは、そのファーストウェイブのライディングを撮影することができなかった。とはいうもののブルース・ブラウンはこのセッションを完璧ではないにせよ、ものにすることはできた。セッションの時間はたったの40分。やがて潮が変わって波は消え、翌日はオンショアの風でジャンクとなったという。パーフェクトウェイブとの出会いは、単なる偶然ではないという信念を持っていたマイク・ヒンソンの予言が的中した。

この映画の秘話はじつはもう1つある。アメリカへ帰国する途中、彼らはインドで通関しなければならなくなった。当時のインドでは宗教上の理由で撮影機材やフィルムは理由を問わず没収という考えられない法律があった。機転を利かしたマイクはセント・フランシス岬で撮影したフィルムを、彼が着ていたスーツに隠して通関を済ませることができた。そのときブルース・ブラウンのカメラは没収されてしまった。

マイク・ヒンソン Encyclopedia of surfing: EOS.com

ちなみに、この旅で起きたブルースとマイクの確執は、時間を経ても解消することはなかった。やがてヒンソンは映画の出演料がまだ支払われていないとブルース・ブラウンに対して告訴を起こし、ついに関係は修復不能となった。ちなみにブルース・ブラウンは90年代に「エンドレスサマーII」という続編を製作し、ロバート・オーガストは準主役となるが、マイク・ヒンソンは出演していない。

しかし、セント・フランスシス岬で起こったあの神がかりな波との出会いは、単なる偶然ではなく、マイク・ヒンソンありきで、そこへ彼は引き寄せられたのか、もしくは彼が波を引き寄せたのかもしれない、と思うのは筆者の考えすぎだろうか。さらに、旅の道中で確執が起きていなければ、マイクの歴史的ファーストライドをブルース・ブラウンはおそらくフィルムに収めていただろう、そう思うとまことに残念である。

ついでながら、映画「エンドレスサマー」はサーフトリップという概念をサーファーの脳裏に植えつけた伝説の映画となったが、その影響を受けたのはサーファーだけではない。アメリカの、海から離れた内陸部の田舎町で、この映画が上映されたときに、観客の一人がブルース・ブラウンに歩み寄って「この土地で一生を終えるだけが人生じゃないんだと分かった」と告げたという。

マイク・ヒンソンのセカンドウェイブ The Endless Summer by Brown

映画エンドレスサマー、セント・フランシス岬でのフッテージをご覧になりたい方は以下より。

(李リョウ)

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