短い海岸線にワールドクラスのサーフポイントが点在する、エルサルバドル Photo: ISA / Ben Reed

今話題のエルサルバドルを追う〈前編〉サーフィンで国を成長させる

東京五輪の最終選考を兼ねた昨年の「2021 Surf City El Salvador ISA World Surfing Games」で注目を集めたエルサルバドル。国際サーフィン連盟(ISA)が主催するこの大会には、コロナ禍ながらも51の国と地域から250人以上のサーファーがに集結して、エルサルバドルのポテンシャルを世界中に見せつけた。

大会の成功を受け、今年はISAワールドジュニアに加え、6月にWSLのCT大会も決定しているほか、2023年はパリ五輪の予選を兼ねたISA世界大会の2回目の開催も予定されている。エルサルバドルは何をきっかけにワールドクラスの「サーフシティ」に躍り出たのだろうか?

この特集では今話題のエルサルバドルを2部構成で紹介。前編ではエルサルバドルの国家戦略「Surf City」キャンペーンについて、後編ではエルサルバドルのサーフシーンについて掘り下げる。

「危険な国」のイメージを払拭したいエルサルバドル

中米最小の国は日本の四国より少し大きいぐらいの面積に680万人ほどの人口がいる(四国は約370万人)。1979年から13年間続いた内戦は1992年に和平合意をもって集結はしたものの、貧困や政治の汚職が蔓延して、ギャング同志の戦いが絶えなかったことから「危険な国」のイメージをもつ人が多いだろう。

人口の1/3は貧困層にあたるといわれ、社会問題も多く抱えるエルサルバドルは、経済復興と治安回復が国の急務とされている。

観光地でも軍や警察が治安を維持。そんな危険なイメージをサーフィンで一変したい Photo: WSL / Kurt Steinmetz

カギを握るのは「イケてる独裁者」を名乗る新大統領?!

2019年に当時37歳のブケレ大統領が新しく就任してからは、ギャング同志の和解やビットコインを正式通貨にするなど斬新な政策を打ち出した。就任後、中米最悪水準だった殺人率は6割減り、若き大統領の支持率は80%台と高い人気を保っている。

2021年ISA世界選手権の開幕式で挨拶するブケレ大統領 Photo: ISA/ Pablo Jimenez

一方で、ブケレ大統領は、言論の自由や市民社会の規制、反政府意見の弾圧など行っているとして非難もされている。議会でブケレの政党が絶対過半数を占め、新しい法律を次々と作り、権力を拡大していくなかで、最高裁判所を通して違憲とされている大統領の再任を認めるなど、剛腕な政治を繰り広げている。そのやり方から、「世界一イケてる独裁者」というあだ名が付き、ブケレ大統領自身もツイッターの自己紹介でも自慢げに使っていたことがある。

この強権的な姿勢には賛否両論あるようだが、いずれにしても「Surf City」の政策を推し進める張本人がこのサングラスの大統領なのだ。

サーフィンを国家成長戦略の柱に

元々天然資源に乏しく、その他の産業も少ないエルサルバドルでは、観光業が経済再建の一つのカギとなっている。

都市部の貧困街を除けば治安は比較的安定していて、観光地で旅行者が被害にあうことが少ないため、停戦後は観光業が一定の発展をし、コロナ前の2019年にはGDPの11%を占めていた。

小さな国土に都市部が多いため、エコツアーや歴史的な遺産は少なく、北アメリカやヨーロッパからの観光客の多くはビーチやナイトライフを求めて来る。国の通貨に米ドルを使っていることや、北米の主要都市から直行便で4~6時間という距離にあることから、これまでは特にアメリカからの観光客が多かった。

エルサルバドルはレギュラーのポイントブレイクが多く、中でもプンタロカがワールドクラスの波を誇る Photo: WSL / Kurt Steinmetz

この観光地としての魅力をより広げるため、エルサルバドル政府は、300キロほどの短い海岸線に50ものサーフポイントが点在することに目を付けた。

ブケレ大統領は「Surf City」キャンペーンを展開。社会・経済発展計画にサーフィンを組み込み、インフラ整備や観光施設の建設などを後押しして、海外からの誘致に力を入れている。サーフシティのブランディングは特定の町を指すのではなく、サーフポイントが集結する海岸全体を最高な目的地として売り出しているキャッチフレーズだ。このキャンペーンにより、国のイメージを一新し、サーフィンやビーチを楽しむデスティネーションとしてアピールする思惑がある。

(エルサルバドルのサーフポイントや歴史は近日公開予定)

サーフシティを記念して専用飛行機の増便も計画されている

ISAと密に協力

サーフシティキャンペーンを打ち出すにあたり、エルサルバドル政府とISAは密に連携したそうだ。

「世界中からここに来て、エルサルバドルの美しい国土と温かいおもてなしを感じた何百人ものサーファーと同じように、これからもこの地に戻り、サーフィンを通してより良い世界を作ることを楽しみにしている。」
ISA会長 フェルナンド・アギーレ

「ちょっと前に、エルサルバドルは自分たちの運命を切り開き、過去の苦しみを生んだやり方を変え、新しい未来を作ることを決めた。おかしく聞こえるかもしれないが、その未来にはサーフィンが含まれている。サーフィンは人々の人生を変える。その理念を推奨するISAと共にエルサルバドルの新しいサーフィンの歴史を作る。」
エルサルバドル大統領 ナジブ・ブケレ

ビットコイン採用で更なる発展目指す

ブケレ大統領は野党や世界銀行、国際通貨基金などの反対を押し切って2021年6月に暗号資産(仮想通貨)ビットコインを法定通貨としての正式に採用した。

エルサルバドルでは多くの人が銀行口座を持たないため、お金の管理ややり取り、また海外からの仕送りなどに困っている人が多い。また観光地でも小さな商店が多いため、クレジットカード決済の導入が困難だ。

ビッドコインは個人同士が簡単にお金のやり取りができる仕組みとして導入した。価格変動はあっても上昇基調で推移してきたため「銀行に預けるより利点が多い」と感じている人が多く、買い時や売り時は大統領が自らツイッターでつぶやいているとか。

小さな村でもスマートフォンの普及でビットコインの活用が急増加中 Photo: Bitcoin Beach

ビットコインビーチ

ビットコインが少しずつ浸透するなか、人口約3000人の小さな村エルソンテでは匿名の投資家が地域起こしのためにビットコインの寄贈したのをきっかけに村の経済をビットコインで回す実験が始まった。寄付の条件は一つ、売却しないこと。

エルソンテは近くにサーフポイントがあるため、以前からサーファーに人気な場所でその海岸はいま「ビットコインビーチ」の別称が付いた。スマホの普及率が高く、ネット環境も整備されているため、順調に広まっているという。コロナ禍で観光業が落ち込み、村の経済が打撃を受けていたところ、経済を活性化させようとビットコインを支給して、普及が更に進んだ。今では売店や飲食店、宿泊施設、理髪店といった30以上の場所で商品の購入やサービスを利用する際にビットコインを使える。

Stabmagの報道では、エルサルバドル代表のサーフチームもビットコインで運営されていて、ビットコインの寄付を募ってトレーニング施設の建設も計画されているとか。海外からの観光客が多い小さな村で成功しても、国全体の成功につながるとは限らないけれど、話題性があり、エルサルバドルを海外に売り出す上では既に成功していると言えるだろう。

≫後編:エルサルバドルのサーフポイントやサーフィンの歴史


ケン・ロウズ

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