障がいがある子供たちにサーフィンを楽しんでもらう―。サーフィンを始めてから、いつか取り組んでみたいと思っていたボランティアにこの度、参加した。
パラサーフィン世界選手権の金メダリストで、千葉県いすみ市の池上凪さん(33)が今夏、立ち上げたNPO法人「NOMARK-adapt」のイベントだ。障がいがある子供たちに「海の遊園地」を提供しようと活動している。
当日は天候にも恵まれ、海も穏やか。サーファーだからできる貢献もあると実感したと同時に、子供たちの真剣さに心を打たれ、障がいがある人々がスポーツに取り組む際の課題も目の当たりにする経験となった。
若者中心に12人がボランティア

イベントは当初の開催予定日が悪天候で延期となったため、参加者は3人と少なめだったが、ボランティアには12人が参加。私を含め近隣に暮らすサーファーのほか、高校生や大学生ら若者が半数以上いたのが印象的だった。
会場となったいすみ市の太東海岸はこの日、ロングボードのプロの試合があり、多数のキッチンカーが並ぶサーフタウンフェスタの真っ只中で、駐車場はほぼ満車。だが、ここの海岸にはビーチやトイレに最も近い場所に、障がい者用駐車場が整備されており、参加者はここを利用することができた。
バリアフリー整った太東海岸

さらに、太東海岸には、砂浜に降りるためのコンクリート製のスロープが常設されている。倉庫には砂浜に敷いて、車いすでの移動を助けるモビマットを、いすみ市が保管。普段、親しんでいる海岸でも、このボランティアに参加するまでは、意識することがなかったバリアフリー設備だ。
池上さんは「太東は、サーフィンカルチャー同様、バリアフリービーチでも先陣を切って創り上げた先駆者がいてくれたおかげで、今の環境があります。せっかく創り上げてくださったので、大切に長く活動を継続させたいと感じてます」と語る。
ボランティアは、参加者の到着前に、砂浜で、モビマットとモビチェアの動かし方を体験した。モビチェアはタイヤが大きく、ひじ掛け部分が大型の浮きになっていて、砂浜を走行できる上に、水にも浮かぶ水陸両用の車いす。ボランティアは互いに乗ったり、引っ張ったりしながら、その性能を確認した。

「海では自由」
ボランティアの集合から1時間後、参加者が到着した。千葉県茂原市から来た中学1年、大海結叶(ゆいと)くん(12)は、脳性麻痺で下半身に障がいがある。少し歩くことはできるが、長距離になると、車いすが必要だ。もう海には10回以上入ったことがあるそうで、「海が好き。海の色が好き」と、はにかみながら教えてくれた。
母の麻里子さん(45)は、「小さい時から海に連れて行くことが多くて、海はあの子にとって癒しというより、ワクワクという感じなのかな。陸でいるより自由を感じている風に私には見える。海に入ったら一緒じゃないですか、歩けるも歩けないも。でも、本人はまだそんな意識はないのかも。サーフボードの上に乗ってるのが好きみたい」と話す。
「太東にスロープがあるのはけっこう前から知ってた」という麻里子さん。しかし、砂に埋もれている日も多い上、スロープを降りてから波打ち際まで数十メートルあるため、「個人では、子供を海に入れてあげるのは難しく、なかなか機会がない」と打ち明ける。だからこそ、こういうイベントの存在意義があるのだという。
レールを入れてライディング

いざ、海の中へ。太東海岸の右端、堤防の内側で、波は膝~モモぐらい。モビチェアからソフトボードに乗り込んだ結斗くんを、ボランティアたちが押して波に乗せる。1時間ほどの間、結斗くんは、何度も波に乗ることを求め、ボードの上で立ち上がることこそできないが、腹ばいのままレールを入れて横に走っていた。
正直に書くと、当初、私は、結斗くんのボードが偶然に傾き、横に向かっているだけだと思っていた。体験会終了後、話を聞いて驚いた。結斗くんは「今日は横に行きたいと思っていた。行けてよかった。次は自分のパドルで乗りたい」と明言した。「彼は障がいがあるから、波に押されるだけできっと満足なんだろう」などと思い込んでいた自分を恥じた。結斗くんには無限の可能性があり、本人はそれを信じ、サーフィン技術を向上させようとしていた。

打ち込めるスポーツを探して
母、麻里子さんの言葉を思い出した。「なにかスポーツをやらせたくて、いろんな体験をさせたんですけど、この子の障がいはカテゴリに合いませんよ、とか、練習がんばっても公式戦には出られませんよとか言われて。車いすラグビーも、うちの子は歩けるので、対象にならないとか。サッカーも足の欠損の人が対象だったりとか。子供が本気になってやりたい時に、その先がないのは可哀そうだなと思って。卓球やゴールボールもしてみたけど、なかなか体に合ったスポーツが見つからない」
実は、イベント主催の池上さんも同じように悔しい思いをしたばかり。サーファーであるだけでなく、パラクライミングの選手でもある彼女は、6月下旬、日本代表として欧州での世界大会に向かった。しかし、障がいのカテゴリーが日本側の認識と一致せず、出場が叶わなかった。日程が重なったサーフィン全日本選手権の予選をパスしてまで賭けた海外遠征だったが、勝負すらさせてもらえなかった。
カテゴリー分けの課題は障がい者スポーツにはつきものだという。海の浮力に助けられ、躍動していた結斗くん。海は時に厳しいが、包容力に満ちている。結斗くんにとって、サーフィンが全力を傾けられるスポーツになれたらいいなと願うばかり。
押す技術にサーファーの経験生かす

ボランティアとしては、ボードの上の子供たちを波に乗せてあげるため、押し出す動作に、予想以上の緊張感があった。もし、タイミングや押す強さを間違えて、子供を板から落としてしまったら、波への恐怖心を抱かせてしまう。失敗は許されない。これは波の特性を知っているサーファーじゃないとできないお手伝いだし、なんなら、自分が波をキャッチしに行く時よりも、真剣だったかもしれない。
結斗くんを波に乗せていた一宮町の大学生、前田龍乃助さん(18)も「みんないい子たちで、どういう風にしたら、気持ちよく乗ってもらえるかを一番に考えて押しました。すごく緊張しましたが、自分の中ではけっこううまくいきました」と充実感を得た様子。ボランティアに参加したのは、助けが必要な人々の立場で、社会を考えるためだったという。
「障がいがある方の目線を学びたくて参加したので、すごくいい経験をしたなと思います。人を全力でサポートする側に回る経験を一度すると、自分がもし何かで活躍した時に、それを支えてくれた人々を思い出すことができるようになると思う。今日の経験は今後の人生に絶対に生きると思います」

プロサーファーも参加
5月に浜松市で開かれたNOMARKの第1回イベントでは、同じ会場でQS2000に参加していた脇田紗良や矢作紋乃丞らトッププロも、ボランティアとして飛び入り参加した。認知が高まれば、支援の輪も広がるだろう。
プロサーファーとして、池上さんのNPOの実行委員を務める江口彩花さん(21)は、ここでの活動が、プロとしての原動力になっているという。「プロの中で試合をするだけだと、囲われた中でしか物事が分からない。こういう活動をすると、プロの世界を客観視できる。自分たちが当たり前にできていることが、どういうことなのか、サーフィンのおもしろさみたいなものを、ここでもう1度味わって、自分にカツを入れられたら。気持ちの面で『わあ、しんどい』ってなった時も、サーフィンで感謝してもらえることを思い出して、がんばろうってなれる活力みたいな存在が、ここです。もっとプロも参加してSNSとかで発信できたらいいな」

池上さんは「波、天気、海上が全て完璧だったので、初めて海に触れる子や障がいがある子供たちには最高のコンディションでした。ただ、着替えの為のエリアをもう少し充実させたり、サポートに慣れたボランティアさんたちを今後もっと増やしていきたいなと感じています」と振り返る。


ボランティア研修も実施
ボランティアに求める能力について、池上さんは「参加されてわかったと思いますが、サーフィンをやっていても、障がいのある子供たちを波に乗せるのは少し勇気がいるし、それなりの経験が試されます。また、あらゆる障がいのある子供たちに適応していく経験や、サポートする力は、もともと子供を育てている親御さんやそこに関わる福祉関係者の方がリソースはあると感じてます」と説明。両者が揃えば、よりよいサポートが実現する。「海が開かれた場所であるよう、どんな人でもサポートできるよう、今後は、定期的にボランティア研修会を開催予定です」という。

次回は片貝海岸
次回は千葉県九十九里町の片貝海岸で開催予定。「海岸をよく観察すると、砂に埋もれた緊急車両用の道路があったりします。そこをしっかり手入れしてもらえさえすれば、今よりも多くのビーチで、実は体験会が可能だったりします。次回の開催地がまさにそうで、片貝町のたくさんの協力を得て綺麗に整地してもらい体験会が実施できます!」


<パラサーフィン体験会>
日時:7月26日(土)、8月23日(土) 午前10時~12時
場所:片貝海岸(ラメールショップ裏)
参加者:10名
ボランティア:10名募集(8時~研修、9時~13時活動)
体験会の参加とボランティアの申し込みは、NOMARKのインスタグラムで、プロフィール欄から専用リンクへ。
(沢田千秋)
All photos by Chiaki Sawada