老舗ウェットスーツメーカー「ネクストレベル」が、ファッション通販大手「ZOZO」と手を組んだ。ZOZO開発の身体計測サービス「ZOZOMETRY(ゾゾメトリー)」を取り入れ、どこでも手軽に正確な採寸が可能になるという。
サーフショップでの採寸の手間を省き、手採寸での誤差を解消できる上、完成したウェットスーツはショップを通して納品することで、ショップにもマージンが入る仕組みを構築。長年のショップとの信頼関係も維持していく方針だ。
かつて、ZOZOが通販用に開発し、世間を驚かせたZOZOスーツに大幅に改良を加え、新たなサービスとして登場したZOZOMETRY。その真価をネクストレベル舟橋大吾社長とZOZOの担当者に聞いた。
数分で身体の3Dデータ取得
「右に回り、6時を向いてください」「回り過ぎです。5時の方向まで戻ってください」
千葉県勝浦市。サーファーらで賑わう部原海岸の目の前にあるネクストレベル本社で、ZOZO社員らがZOZOMETRYの計測の様子を披露した。ZOZOスーツに身を包んだ同社社員佐藤大毅さんは、スタンドに立てたスマホと2m離れて立ち、アプリが発する音声に従い、時計回りに体の向きを変えていく。正しい向きでない場合は、アプリが注意。トータルで12方向撮影した。

ZOZOMETRYは、業務用として事業者向けに開発された。専用アプリが人物の身体を計測し、3Dデータを作成。ウェットスーツ業界では、データは計測した顧客ではなく、ZOZOMETRYを契約したウェットスーツメーカーやサーフショップが管理する。計測データを持つ顧客が他メーカーへ安易に流出することを防ぐ狙いがある。
ZOZOスーツを着用せずに計測することも可能。ZOZOが想定した特定の撮影環境下においては、スーツありの場合の計測精度は平均誤差3.7mm以下、スーツなしでも平均誤差は10mm以下だ。
スーツ自体も、過去のバージョンから大幅に改良され、計測点となるマーカー(ドット)は、旧スーツが約400に対し、現スーツは約20,000で50倍に増えた。
ウェットスーツ工業会の総会で披露
ZOZOMETRY事業開発を担当する佐藤さんは、過去の計測技術との違いについて「この間、AI、アルゴリズム、UI(ユーザーインターフェース)の3つが大きく進化したことが大きい」と話す。「スーツのドットは、実は一個一個パターンが違っていて、全身をくまなく覆っている。ドットがある場所を認識しながら、12方向から測るので、精度はものすごく上がった」
ZOZOMETRYが計測できる部位は、全身176か所に上る。ただ、ウェットスーツ製作に必要なのは約30か所なので、ウェットスーツメーカーやサーフショップが使用する専用の管理画面では、必要な数値だけ、即時に絞り込めるようにした。

ZOZOがウェットスーツ業界に本格的に名乗りを上げたのは昨年2月。ウェットスーツ工業会の年次総会に招待され、その場でZOZOMETRYを紹介した。
ZOZOMETRYの事業責任者、家田敢(つよし)さんは「そこで初めて舟橋さんと対面でご挨拶をさせていただいた。舟橋さんの掲げるビジョンや、この世界を切り開いていくという熱意、姿勢、そういったところに我々も深く共感をし、両社の意見が合致して、取り組みを進めることになった」と振り返る。
「全然ダメ」から600回の計測で逆転
ネクストレベルの舟橋社長は、以前からZOZOの計測サービスに目をつけていた。旧モデルのZOZOスーツを個人的に試したが、「全然ダメでした。欲しい数値が出なかった。手首が明らかに太かったりで、ウェットスーツを作るまでもなかった」と打ち明ける。
家田さんは「ウェットスーツ業界のニーズは2020年ごろから知っていたが、利用してもらうに至らなかった。3Dは結構自信あったのに何でだろうと思ったら、測る場所が違っていた。手首、首回りと一言で言っても、洋服とウェットスーツでは測る部位が違う。話し合ううちに、そういうことが見えてきた」と話す。
家田さんらZOZOスタッフは、ウェットスーツ工業会で、採寸の実習を受け、技能を取得。工業会所属のメーカーとともに、検証用の計測を600回以上行った。「工業会の基準に合った計測箇所を加え、精度の確認をするという作業を1年間ほど、地道に繰り返し、検証、改善した結果、『使える』と言っていただけるようになった。手首など開口部は特にこだわって、精度を突き詰めてきた」と、家田さんは胸を張る。
舟橋さんは、ZOZOの検証とは別に、自身でも、ZOZOMETRYでの採寸と手採寸を比較し、国内のみならず、米国でも繰り返し様々なサーファーを計測し、ウェットスーツを製作してきた。その精度は、納得の出来となったようだ。

「手採寸の方がズレがある」
「ZOZOMETRYとZOZOスーツを使えば、何回測っても同じ誤差の程度で狂いなく出てくる。ショップオーナーが手で測った方がズレがあるなと思う。採寸はショップごとに癖があり、その人がここだと思ってる所よりも1cm違う場所を測ると、全然違う数値になってしまう。ZOZOMETRYを使えば、全国で一定の数値が取れるようになる」(舟橋さん)
実際、ネクストレベルのウェットスーツを使用する元プロサーファー、目良麻里亜さんにZOZOMETRYでウェットスーツを製作し、手採寸のものと着比べてもらったところ、「まったく問題なかった」という。「女性の体は男性より難しいが、遜色なかったのはすごいこと」と、感心する。
ウェットスーツメーカーとして、欲しいのは「全裸の数値」。その数値を基に、ウェットスーツの素材や厚み、体の部位、客の体型、好み、息を吸った場合、吐いた場合などを加味し、微調整を加えて仕上げていくのが、プロの技だ。正確な計測があって初めて、ウェットスーツ職人の本領が発揮できる。
女性の採寸問題、解消へ

ウェットスーツの採寸が、ZOZOMETRYで、どこでもできるようになれば、業界の課題解決にもつながる。これまで、女性がウェットスーツの採寸を希望する際、ショップでの男性店員による採寸や、人前で水着になることに抵抗がある人も少なくなかった。
舟橋さんは「女性はやっぱり、見られたくない、触られたくないだろうし、男性の店員も緊張してしまう。採寸自体30分ほど時間がかかるので、忙しい中で、ショップはあまりやりたくないというのが本音。それがZOZOMETRYなら数分で終わる。しかも精度が一定」とメリットを強調する。
また、サーフィンは激しいスポーツゆえに、既製品や、不正確な採寸で体に合っていないウェットスーツを着用して海に入るのは、体に大きな負担となる可能性がある。


「合ってないウェットスーツを着ると、合ってない靴を履いて靴擦れを起こすのと同様、肌に擦れ、外傷を引き起こす原因となる。また、ギチギチのウェットを着て、無理やり体を動かしていると、筋肉に炎症が出る場合も。うちのウェットスーツに替えてから、腰痛が出なくなった人もいる。機能性がうちの一番の強み。CTサーファーである五十嵐カノアくんの意見も反映させ、45年のノウハウもある」(舟橋さん)。より正確な計測が実現すれば、さらなる機能性向上も期待できる。
ECサイトで「共存共栄」

ネクストレベルはまもなく、ZOZOMETRYで計測した身体データに基づき、ウェットスーツをオーダーできる専用のECサイトを立ち上げる予定だ。購入希望者には、ZOZOスーツと専用リンクを送付。ZOZOMETRYのアプリをスマホにダウンロードしても、このリンクがなければ計測はできない仕組みになっている。
舟橋さんは「従来、うちがソロオーダーとして使用してきた、自分で採寸できるメジャーも同梱する。手採寸とZOZOMETRYの両方で採寸できるので、お客さんも安心するかなと思っている」と配慮。サイトではまず、100人をモニターとして募集するという。
このサイトでオーダーしたウェットスーツは原則、ネクストレベルが提携するサーフショップに配送する。ショップが近くにない場合は自宅での受け取りも可能だ。
「ショップとは共存共栄。僕は先代から引き継いで2代目なので、そこの繋がりは一番大事にしなきゃいけない。お客さんがZOZOMETRYを使い、ECサイトで購入しても、ショップに商品を送ることで、ショップは採寸していなくてもマージンが入る。ECサイト導入によるショップ離れを防ぎたい。新しいことに挑戦しつつ、業界全体が盛り上がっていければ」(舟橋さん)
ZOZOMETRYはネクストレベルのほか、小林ゴム、トシズ.マリン.プロジェクト、モビーディックの3社のウェットスーツメーカーが導入を決定。今後、ウェットスーツ業界でアプリ計測が主流となるか、注目される。
ZOZOMETRYのウェブサイト
https://biz.zozometry.com/pages/wetsuits
(沢田千秋)




