“La Grandeza(ラ・グランデサ)” ― 新人王へと続いたマルコの物語
フランス人の父とスペイン人の母を持ち、メキシコ西海岸ナヤリット州のサーフタウン、サユリタ(Sayulita)で三兄弟の真ん中として育ったマルコ・ミニョー。
家族や兄弟、いとこたちも高いサーフィンレベルを誇り、“Mignotサーフファミリー”として知られる存在だ。父は子どもたちを連れて各地の大会を回り、常にそばで支えてきた。
マルコは小さい頃からジュニア大会で頭角を現し、メキシコ、フランス、アメリカと世界各地のコンテストに出場してきた。
スペイン語で「偉大さへ向かう道」を意味する言葉、“La Grandeza(ラ・グランデサ)”。WSLのルーキー・オブ・ザ・イヤーに輝いた彼の歩みを追ったショートムービーがマルコ自身のYouTubeチャンネルに公開された。
このタイトルは、マルコがCT入りを果たしたルーキーシーズンを象徴する言葉でもある。決して順風満帆ではなかったその道のり。その裏には努力と信念、そしてコーチや家族、仲間たちとの強い絆があった。
ショートムービーでは、2024年のChallenger Series(CS)でのクオリファイから、2025年Championship Tourでルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得するまでの大会シーン、そしてこれまで公開されていなかったクオリファイまでの舞台裏のストーリーがまとめられている。
2024年CSでの戦い
「人はそれを“運”だと言うけれど、僕は運なんて信じていない」そう語るマルコ。
そばで見てきたコーチのジェイソン・アパリシオはこう振り返る。
「彼の献身的な姿勢、そしてサーフィンに向き合う姿を見れば分かる。この若者は特別な存在だった」

マルコの才能が大きく輝いたのが、カリフォルニア・ハンティントンビーチで開催されたCS第4戦 Lexus US Openだ。大会序盤から際立った存在感を放っていたマルコは、ラウンド・オブ64で巨大なフルローテーションをメイクし、このイベントでもトップクラスとなるハイスコアを記録。セミファイナルでは7.44ptが必要なラスト1本で7.50ptのスコア出し見事な逆転劇を披露し、ファイナルへ進出した。
決勝では旧友アラン・クリーランドと対戦。結果は惜しくも2位となったが、その堂々たるサーフィンは多くの観客の記憶に残った。
大会後、カウリ・ヴァーストはマルコと電話で話したと言う。幼い頃からサーフィンを一緒にやり、お互いモチベーションを高めてきた仲であると言う二人。
「僕たちはお互いを励まし合ってきた。彼は本当に準備ができていたし、メンタルもとても良い状態だった」とUSオープン後のマルコの様子を語る。

しかし、シーズンは決して順調なだけではなかった。CS第5戦ポルトガルのEDP Ericeira Proでは、万全の準備で臨んだにもかかわらず、ラウンド・オブ64でまさかの初戦敗退を喫する。
「準備はできていた。でも精神的には少しストレスを感じていたのかもしれない。結果ばかりを考えすぎて、その瞬間を生きていなかった」
結果へのプレッシャーが、自分のサーフィンを狭くしていた。それでもマルコは自分に言い聞かせた。
「どれだけ道のりが長くても気にしない。僕がクオリファイする日は、必ず来る」
その確信はコーチやチームも同じだった。元CTサーファーで、現在はQuiksilverのチームマネージャーとして彼を支えるマイキー・ピコンはこう語る。
「CSでは、最初のラウンドで負けることもあれば、次のイベントで勝つこともある。勝った次の大会でまた負けることだってある。それがこのツアーの世界だ。ヒートは4人制で30分。何が起きてもおかしくない。だからこそ常に準備しておくことが大切なんだ。僕はいつも彼に言っていた。チャンスは必ず巡ってくる。ただ、そのためには犠牲と正しい準備が必要だと」

クオリファイは”人生で最高の日”
転機となったのは、ブラジルで開催されたCS第6戦のCorona Saquarema Proだった。
「クオリファイのことばかり考えるのではなく、その瞬間を楽しむことに集中する。もっと自由にサーフィンするために」
そう自分に言い聞かせて臨んだ大会だった。
大会期間中、計算が得意なコーチはポイントを確認し、マルコがすでにクオリファイ圏内に入っていることに気づいた。しかし、それを本人に伝えればヒートへの集中力が乱れる可能性もある。そこで父に連絡を取り、伝えるべきか相談したという。
最終的に、父から伝えることになった。
その朝、まだ眠っていたマルコは父に起こされた。
「今日は、人生で最高の日だ」
父は涙を流しながらそう言った。そして、その言葉を聞いたマルコも思わず涙がこぼれたという。

「その瞬間を、いつもそばで支えてくれた父と共有できたことが何より嬉しかった。スポンサーもなく、兄弟やいとこと駐車場で車中泊していた日もあった。でも父は最初の日からずっとそこにいてくれた」
決して簡単な道のりではなかった。それでも家族とチームの支えが、彼をここまで導いてきた。
その後のCorona Saquarema Proでマルコは大会を通して主導権を握り、最後は優勝。誰もが納得する形でクオリファイを決めた。
すべてを注いできた努力が、ついに報われた瞬間だった。
「今あるものに感謝すること。それが大事なんだ」
2025年CTでの挑戦
「チャレンジとなるツアー1年目。そこに辿り着くのは本当に難しい。ワールドツアーに上がった瞬間は『ついにここまで来た』と思う。でも本当に難しいのは、そこに居続けることなんだ」
と元CTサーファーでマルコのコーチでもあるジェレミー・フローレスが言う。

「自分の中では、誰にでも勝てると思っている」それでもマルコの自信は揺るがない。
チームマネージャーのマイキー・ピコンも「マルコは本当に努力する。大会ごとに確実に成長してきた」その姿勢を認める。
シーズンの転機となったヒートはCT第3戦のMeo Rip Curl Pro Portgalだ。グリフィンとの対戦でも臆することなくアグレッシブなマニューバーと強いコミットメントを見せ、そのサーフィンにチームは確かな手応えを感じていた。
「その時だった。彼が本当に自分を解放し始めたと感じたのは」
その大会では5位、CT4戦 Surf City El Salvador Proでは9位と結果を残す。

その後、オーストラリアへ向かい、次なる舞台はCT7戦目のMargaret River Proだった。ここではミッドシーズン・カットが左右される重要な大会だった。
ジャック・ロビンソン、イアン・ジェンティルとのオープニングラウンドでは2位でラウンドアップ。試合後のインタビューでマルコはこう語った。
「難しい波を前に、不安がよぎることもあった。でもそれよりも、人生の素晴らしいことを考えるようにしている。今、自分が持っているものに感謝すること。それが大事なんだ」
その思いを胸にヒートに臨んだ。ここまでの険しい道のり、そして自分がCTにふさわしいサーファーであるという確信があったからこそ、ミッドシーズン・カットをクリアすることしか考えていなかったという。
そしてCT第10戦のCorona Cero Open J-Bayでは、マルコが説得力のあるヒート勝利を収める。当時ワールドランキング1位だったジョーディー・スミスを相手に、トータル14.57ptで勝利。初出場のJ-Bayでクォーターファイナル進出を果たすという、今シーズン屈指の番狂わせを演じた。
最終的にランキング16位でシーズンを終え、マルコはルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得する。それは努力と継続の結果だった。
ルーキー・オブ・ザ・イヤーは、人生で一度しかチャンスがないタイトルだ。その栄誉を掴めたのは、努力を惜しまなかったこと、そして決して諦めなかったからにほかならない。
マルコは、
「僕のキャリアにとって本当に素晴らしいタイトルだし、ひとつの目標を達成することができた」
幼い頃から、父からもらったノートブックに自分の目標を書き続けてきた。
そこには「Rookie of the Year」という言葉が何度も記されていた。
まさに有言実行。その夢は、ついに現実となった。

ワールドチャンピオン、そしてオリンピックでの金メダルを次なる目標に掲げ、マルコの勢いはさらに増している。CT初戦までも残り1カ月を切った。これからの動向からも目が離せない。
“La Grandeza”。
それは単なるタイトルではない。
努力、犠牲、そして家族や仲間との絆の中で育まれた、ひとりのサーファーの物語。
新人王という称号は、その長い旅路のひとつの到達点に過ぎない。
マルコの物語は、まだ始まったばかりだ。
(Mion)























