ヘッドコーチのPeter Townend(1976年初代世界チャンピオン)、アシスタントコーチのNik Zanella、中国サーフィン連盟のBao XupingとGlen Brumageと2014年のナショナルチームの集合写真。 Photo: Nik Zanella

【中国サーフィン最新事情 第3回】中国のプロサーファー育成戦略

特集「中国サーフィン最新事情」第3回では、中国ナショナルチームの元コーチNik Zanella氏への取材を元に、中国のプロサーファー育成戦略について紹介する。

≫第1回:突如出現した人工サーフィン施設の全貌
≫第2回:河南ウェーブプールの波、サーフランチとの比較


プロサーファー育成戦略

ここ数年、五輪競技に採用されてから、サーフィンとスケートに対しての投資を強化している中国。他国とは比べものにならないくらい国家予算をかけていると言われており、資金面でも人員面でも総力を注いでいる状態だという。

前述のウェーブプールを含むエクストリームスポーツの巨大トレーニング施設を、28億円をかけて建設をするなど設備投資を進めているが、同時に他の五輪競技同様、サーフィンのプロアスリート育成にも国を挙げて力をいれているようだ。

育成体制

現在、中国国内には15の地区チームと1つのオリンピックチームがある。各地区からサーフィンの経験はなくても、身体能力の高い8~15歳のキッズが選び出され、トレーニングに集中できるような環境と待遇が与えられる。

選手は他の五輪スポーツと同様、週6日間練習し、休みは1日のみ。 陸上と水中のあらゆるトレーニングを行う。

サーフィンのトレーニングのほとんどは海で行われ、波がある時は、海南島に行きサーフィンをするか、練習試合をすることもある。ウェーブプールがある河南省の冬はよく零度以下になり、冬季は営業していないこともあって、プールでのトレーニングはこれまでに数回行った程度だという。

熱心なコーチによる陸上のかなり細かなトレーニングもあり、基本的なフィジカルエクササイズから、専門的なフィットネス技術までそろっている。また、理論的な授業も用意されていて、英語や大衆文化、数学などを学ぶ。

Photo: Nik Zanella

各地区チームには20人程度のキッズがいるが、裕福なチームには3~4人の外国人コーチが付いており、多くの場合は若いコーチと年上のコーチがタッグを組んで教えている。

若いコーチには、高い技術をもった現役のアスリートが選ばれ、実際にキッズたちの前でパフォーマンスし、目の前の波に対してどんな動きができるかのお手本を見せる。年上のコーチは、ビーチから子供たちのサーフィンを観察し、その場でテクニックの理論的なアドバイスをする。海外遠征のときは、バレルやエアリアルを練習するための専任コーチをつけることもある。

すべての練習はビデオに収録され、後から授業でレビューをするそうだが、Nik氏曰く、「このコーチングシステムはかなり効果的で、最も早いスピードでカービングを学べる」という。

Photo: Nik Zanella

海外遠征

国内であれば海南島や広東省沿岸部で練習をするが、特に夏の中国は波が小さくなり不安定。そのため、全地区から選び抜かれたメンバーで構成されるオリンピックチームと、裕福な地区チームは海外遠征も頻繁に行っている。カリフォルニア、インドネシア、オーストラリアなどが拠点となる。過去に行われた大規模なインドネシアトリップでは、旅費からサーフボードなどのギアまで全費用を政府が負担したという。

また、中国ナショナルチームは日本とも交流があり、2019年春には、五輪ホストタウンである静岡県牧之原市で、14名の選手と24名のコーチ陣や政府関係者らが38日間にわたり合宿を行った。

当面の目標は2024パリ五輪

2020年東京五輪の出場枠も徐々に埋まってきており、残された枠は2020年ISAワールドサーフィンゲームスでの男子上位5名、女子上位7名のみ。今から中国選手がその枠を勝ち取るのは難しいように思えるが、どこを見据えているのだろうか。

TSN:中国の直近の目標は?将来的にはオリンピックでのメダル獲得を目指している?

Nik:今は2024年のパリ五輪にフォーカスしているけど、中国での選手育成は長期的なプロジェクトで、中央政府は時間がかかることは理解している。オリンピックで中国がいつメダルを獲得するのかは、全く予想できない。

TSN:中国からCT選手が誕生する日はくると思う?

Nik:ウェーブプールで練習することで、かなり効率的に上達するだろうけど、それでもミラクルはそう簡単に起きるものじゃない。日本を例にすれば、モダンサーフィンは40~50年前に始まったけど、CTサーファーが誕生したのはわずか数年前。 だから中国もそれ相当の努力と時間はかかるはず。海外進出する選手が出てくるまでに少なくとも5年はかかるんじゃないかな。

その点では、ショートよりロングボードの方が世界に近いと言えるかもしれない。すでに何人かは世界で戦えるレベルで、広東省の汕頭で行われたアジアサーフィン選手権では、日本の浜瀬海を破り、中国のHuang Wei (黄伟)が優勝したんだ。その試合ではファイナリスト4人中3人が中国人だった。

その理由として、中国ではショートよりロングボードの歴史の方がかなり長いことがある。2011年から海南島・日月湾でWSLのロングボードツアーが開催されているし、海南の波はとてもロング向きのメローなポイントブレイクなんだ。

Photo: Nik Zanella

中国サーフシーンの発展

シルバードラゴンと呼ばれる潮津波でのサーフィンなど、中国国内で波乗りの歴史はかなり昔からあったにも関わらず、これまでなぜ中国でサーフィンが発展しなかったのだろうか。中国の波乗りの歴史を紐解いた『Children of the Tide』の著者でもあるNik Zanella氏は、以下のように答えた。

「サーフィンが発展するためには、非常に独特な社会的背景が必要です。中国は過去100年間で混乱の歴史でした。 60年代のカリフォルニアでは、誰もがビーチに行き、アウトドアライフを楽しんでいたのに対し、60年代と70年代の中国は文化大革命が起きていました。生活水準が向上し、中国が超大国になり、人々が自由な時間、お金、そして海を楽しむための資源を持ち始めたのは、たかだかここ20年の話です。
中国には9世紀から13世紀に王朝の娯楽として波乗りがされていたことはわかっていますが、不利な社会状況のためにその活動は消えていきました。残念なことに、宋朝の波乗り「弄潮児」と現代のサーフィンの間にはつながりがありません。
私たちが知っているように、ポリネシアの波乗りのサーフィンは、中国で非常に遅い時期に始まりました。海の波には1985年にPeter Druyunが初めて乗っており、最初のサーフィンコミュニティが海南省、広東省、山東省に現れ始めたのは2005年ごろでした。
特にサーフィンのような分野では、その歴史は線形に繋がっているわけではありません。そのため、中国に遠い過去の豊かな波乗りの文化があったとしても、ゼロから始めなければなりませんでした。」


中国は、2008年の北京五輪で金メダルを48個獲得し首位となったが、それ以降徐々に金メダル獲得数が減っており、体育当局関係者は危機感を強めていると言われている。

サーフィン競技は、2020年東京五輪の後も、アジアオリンピック評議会が開催する20年アジアビーチゲームズや24年パリ五輪での採用が決まっており、28年ロサンゼルス五輪以降も採用される可能性は大いにあるだろう。

国家の威信をかけ五輪メダル獲得を狙う中国で、サーフシーンは今後どのように発展していくのか。競技だけでなくカルチャーとの関わりも深いサーフィンが、中国流の英才教育の下でどのように捉えられていくのか。このオリンピックムーブメントの中で、中国そしてアジアのサーフィンがどのように移り変わっていくのか楽しみだ。

≫第1回:突如出現した人工サーフィン施設の全貌
≫第2回:河南ウェーブプールの波、サーフランチとの比較

執筆:THE SURF NEWS編集部
取材協力:Nik Zanella


Nik Zanella
イタリア人サーファー。2000年代はイタリアのサーフィン雑誌『Surf News』の編集を手掛ける。2010年より中国でISAコースプレゼンター及びレベル2コーチとして指導。2019年までナショナルチームのコーチを務め、現在は中国国内の様々なレベルのサーフィン強化プロジェクトに携わる。2019年5月、9世紀から13世紀まで中国で行われていた波乗りの歴史を紐解く『Children of the Tide』を出版。

Nik Zanella氏の著書『Children of the Tide : an exploration of surfing in dynastic China(直訳:潮汐の子どもたち)』はKindle版またはペーパーバック版で購入できる。

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